スウェーデンでは幼稚園から成人教育に至るまで、公教育が無料である。成人教育では、さまざまな職業教育や趣味・文化の学習のほか、小・中・高校で提供されている科目が成人向けに提供されており、20歳以上のスウェーデン住民は誰でも履修できる。そこで筆者もスウェーデン語講座を受講し始めた。今回は、その履修説明会で驚いた「評価」について書いてみたい。
■全国共通の評価基準
講座では、修了時にAからFまでの成績がつけられる。Aが最も良くてEまでが合格、Fは不合格である。A、C、Eを取るための評価基準は、数個の観点について、全国共通の規定として教科・科目ごとに文章で定められていて、到達度がAとCの中間あたりだとBになる。この絶対評価による成績の付け方は、成績をもらい始める小学校6年生から成人教育に至るまで、すべての教科で共通である。 かつては正規分布に基づく相対評価で成績がつけられていたが、1990年代以降、学習指導要領、ナショナル・テスト、全国共通の評価基準と連動して評価方法の改革が行われ、現在では絶対評価による成績付けが定着している。 筆者はこうした一般的なシステムは理解していたが、履修説明会ではこれに加えて、AからEの内で「自分の目標」を設定するように言われた。……

雨晴クリニック副医院長 睡眠専門医 坪田 聡

睡眠と覚醒のリズムは、「体内時計」と「睡眠物質」の二つでコントロールされている。体内時計は、夜になったら眠くなり、朝になったら目が覚める、というのが働きだ。一方、睡眠物質は、長い時間起きていると睡眠物質が脳にたくさんたまって眠くなり、眠っている間に睡眠物質が分解され、量が減ると目が覚めるという仕組みになる。 この睡眠と覚醒のメカニズムから考えると、たくさん眠っても「寝だめ」はできない。私たちは、起きている間にたまった睡眠不足を眠ることで返しているだけなのである。 睡眠不足は「睡眠の借金」とも言えるが、脳内にたまった睡眠物質が分解されて借金がゼロになったら終わり。……

筑波大学附属小学校教諭 青木 伸生

◆文章を丸ごと読む
国語の授業は、子供が言葉の力を付けるために行われる。読みの授業では、読む力を伸ばすことが目的だ。 今までは、子供に45分という限られた時間で力を付けてもらうため、場面や段落を限定して範囲を絞り、言葉の意味を細かく丁寧に確かめたり、想像したりする学習を積み重ねてきた。 こうした学習は大切で、これからも行う必要がある。……

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

最終回となる今回は、道徳教育・教師教育を巡る筆者の問題意識について触れ、漫才づくりに関する考察を総括したい。 道徳教育は規範教育的な側面が強い。もちろん、それは大切な課題であり、子供たちが社会の一員となってゆくために必要である。だが、規範的側面が強く打ち出された道徳の授業は、子供たちにとって分かりきったことをひたすらなぞり、良い子を演じねばならない退屈な時間となりかねない。 漫才づくりには、笑いという軽やかさの奥に道徳教育の根本的課題が控えている。……

部活動を完全に学校から切り離すことは可能なのか――。本来は、授業が終わった後の課外活動は全て民営化するのが望ましいのかもしれない。 学校の教育活動が終わった後、別の法人が責任団体になって、学校施設内で子供や地域の方々にさまざまなプログラムを提供する形態である。しかし、現時点で即座に全ての課外活動を民営化するのは現実的ではない。 民営化に向けてはステップを踏む必要がある。……

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

前回、場の空気が重い場合、漫才師たちは空気を瞬時に察し、状況を変える技術を身に付けていると述べた。だが、彼らはそもそも完全なホーム(安全)を望んでいるわけでもないのだ。この点が複雑で面白い。 優れた漫才師は緊張感と付き合うのがうまい。緊張感を味方につけることで観客の心をつかむすべを知っている。たとえ何度も舞台で披露しているスベリ知らずのテッパンネタであっても、慣れすぎてしまうと一つ一つの言葉の勢いが半減してしまい、観客の心を捉えることができない。ゆえに漫才師たちは惰性を恐れている。予定調和は彼らの敵なのだ。漫才師たちの主戦場である舞台(ライブ)の本質は、その「一回性」にあり、いま・ここでしか体験できないパフォーマンスを享受するために観客は劇場へと足を運ぶ。慣れは一回性の本質に反するため、避けねばならない。 緊張感を保つために漫才師が行っている工夫は、教師にとってヒントの宝庫である。……

部活動の問題で議論すると、その根底に、自主的・自発的というキーワードが横たわっていることに気付く。 実はこの自主的・自発的な働き掛けによって成り立ち、広く展開している活動は他にもある。例えば、地域の自治会活動がその一つだ。そこで、地域自治の仕事と部活動の仕事の共通点を整理してみる。 一般的に町内会などの地域自治の仕事に報酬はないが、その仕事には一定の責任が伴い、時には義務も生じる。……

■手ぶらで登園、お知らせはデジタル化
スウェーデンのプリスクール(forskola)に子供を入れて驚いたことがある。毎朝の持ち物がほとんどないのだ。着替えの服やおむつは定期的に補充する必要があるが、毎日の登園は手ぶらなのである。お昼寝も、大きな布団セットは必要なく、週初めにタオルケットや毛布だけを持っていけばよい。持ち物が少なくていいのは、朝の時間をひと手間でも省きたい親としては大助かりだ。 さらに、お便り帳や幼稚園からのプリントなど、紙のやりとりもない。そのような情報はすべてデジタル化されており、保護者はデジタルプラットホームにアクセスして、お知らせを確認する。そこで興味をひかれたのは、園やクラス全体に向けたお知らせだけでなく、自分の子供の園での様子を知ることができることだ。例えば、クラスで散歩に行ったときに何に興味をもったのか、部屋の中で積み木を使ってどのように遊んでいるのか、そういった日常の子供の様子が、折に触れて複数の写真や、時に動画とともにつづられていた。日本の園で見られる「お便り帳」がデジタル化されているような印象だ。
■教育的ドキュメンテーションと質向上
個々の子供の活動の記録は、実は単に様子を知らせてくれるだけのものではなかった。……

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

漫才師たちは舞台上で絶えず軌道修正を行っている。彼らの本能的ともいえる「場の空気」への鋭敏さには目を見張るものがある。彼らは高いプレゼンテーション能力を身に付けているが、それは単に「話術にたけている」ことだけを意味するのではない。出番前には舞台袖から客席の様子を探り、舞台上では客の反応を見ながら空気を察し、都度対応してゆく。アウェーの空気を感じ取り、「客席が重い」とみれば、まずは場を温めることに全力を注ぐ。「重たい空気を放置したままでは笑いは生まれない。状況に応じてツカミの時間を長く確保し、ウケやすい空気に変えてから本題に入ることもある」。彼らは空気を察する高性能のセンサーを備えており、同時にその空気を変えてゆく力を併せ持っている。 実のところ、勝負は開演前から始まっている。例えば、劇場での観客の座り方によってもウケ方が変わってきてしまう。「仮に観客の数が同じ場合、観客がまばらに点在しているのと前列から隙間を空けずに座っているのとでは、同じネタをやってもウケ方が異なる」という。後者の方が圧倒的に望ましいのだ。客同士の距離が近いため笑いが連鎖し、かつ演者と観客の間で一体感も生まれやすい。劇場スタッフは前から詰めて座るよう、観客を誘導する。 また、登場時の冒頭30秒(ツカミ)は漫才師たちにとって最も大切な時間だ。……

大ヒット漫画「ちはやふる」とその映画化をきっかけに、中高校の競技かるたの競技人口が爆発的に増加した。かつて、大学生が主体だった選手層も、今は中高生がかなりの割合を占めている。 神奈川県の高校総合文化祭のかるた大会の参加者は、2009年度が34人だったのに対し、17年度は255人と7.5倍になった。クラブの新設も相次ぐ。日本一を決める高校選手権の県予選への参加校も、09年度が5校だったのに対し、今年度は過去最多の28校に増えた。 一方で、県の高文連かるた専門部に携わる教員は、中心になっていた教員の退職が相次ぎ、減少傾向にある。……

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