【連載】いつからいつまで特別支援 第2回 学校教育法第一条校のミステリー

昭和22年3月31日に施行された「学校教育法」は、平成19年4月1日に一部改正されました。一部とはいえ、改正された第一条は法が定める学校とは! という極めて重要な改正であるといえます。

第一章 総則 第一条この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学および高等専門学校とする。

それまでの、盲学校、聾学校および養護学校が、障害種別に関わらず特別支援学校に変わったのです。60年ぶりの大改革であったといえます。(実はこの中には、中等教育学校も加えられています。これは、平成11年当時に国の要請により、東京都が都立中高一貫校の設置を決めたことに伴う、一部改正を明文化したものです)

それから7年が経過しましたが、特別支援学校への名称変更には、盲、聾、肢体不自由、知的障害、病弱の5障害種別の各学校、関係団体などにおいて、それぞれの思惑があったようです。

盲、聾教育は、その発生は明治11(1875)年の京都盲亞院にまで遡ります。盲教育と聾教育は当初は併置校として出発し、大正11(1923)年の文部省令により、盲学校と聾唖学校に分かれます。

一方で、肢体不自由、知的障害の教育は一部の篤志家の手によって、いわゆる私的な施設として教育・訓練が行われていました。養護学校は戦前は東京市立光明学校(昭和7年)、大阪府立思斉養護学校(昭和15年)の2校のみでした。

文部省による養護学校設置は前述した昭和22年の学校教育法ですから、盲、聾学校とは80年のタイムラグがあったわけです。

特別支援学校に改正する以前から、盲学校、聾(ろう)学校は、例えば東京都立文京盲学校、青森県立青森聾学校などと、盲、聾を校名に掲げていましたが、養護学校では、肢体不自由、精神薄弱(現知的障害)などの障害名を校名に付記する例は見られませんでした。

盲、聾学校は歴史的な先行種別であること、視覚、聴覚の感覚障害であることなどから、脳性まひを含む肢体不自由や脳性の障害である精神薄弱などの教育とは「差別化」したいといった感覚が私には感じられました。

現在、全国73校の盲学校で特別支援学校に改名したものは22校です。51校は未だ盲学校を呼称しています。106校ある聾学校(ろう学校は27校)では特別支援学校への改名は26校です。さらに、改名された学校名には、視覚特別支援学校、聴覚特別支援学校など、障害名が明記されています。筑波大学附属視覚特別支援学校と国自ら障害名を明記しています。養護学校においては、47都道府県で16県・2政令指定都市が未だ養護学校のままです。

「特別支援学校」への国の舵取りに抗しているのでしょうか、それとも…何ともミステリアスな出来事が進行中です。