【連載】いつからいつまで特別支援 第3回 「学園」でイメージアップを(その①)

臨床発達心理士 池田啓史

前回の学校教育法第一条校の続きです。平成19年の改正学校教育法により、特別支援教育がスタートしました。幼・小・中・高等学校においても、特別支援教育が実施されることになったことを契機に、各都道府県では、それまで障がい種別ごとに設置されていた盲・聾・養護学校を複数の種別を併せた併置校の開設や統廃合に舵を切り始めました。

利点はありました。それは、盲学校や聾学校の在籍者数が少ないため、盲学校は県に1校、聾学校も1、2校という実態があり、幼い小学部の頃から、寄宿舎生活や遠距離通学を余儀なくされていました。

また、肢体不自由校も全国で200校ほどだったため、寄宿舎やスクールバスの配置も不十分といった状態が続いていました。首都圏の千葉、埼玉などにおいても、時間的制約からスクールバスは1日1便(下校便が午後1時半から2時までの小学部に合わせた運行)であり、中・高等部では授業時数の確保のため、保護者の送迎が当たり前といった状況でした。

こうした状態を少しでも解消しようと、学校数の多い知的障がい校や肢体不自由校などに、盲や聾の部門を設け、なるべく自宅の近くの学校に通学できるようにといったムーブメントが湧き起こりました。

ある県では、病弱も加えた5障がい種別校も誕生しました。さらに、重複障がい者にとっては、専門教員が身近にいて、幅広い教育サービスが受けられるということも付加価値となりました。

しかし、学校を統廃合し、大規模校を増やし、学校数自体を減らすといった「費用対効果」の施策も見え隠れすることは否めません。児童生徒数400人超、教職員200人超、校長は1人。これは、私にはアンビリーバブルです。

さて、最近増えてきた「学園」を公立校として初めて用いたのは、私が都教委の副参事の職にあった平成8年開校の東京都立南大沢学園養護学校です。知的障がい養護学校高等部に、軽度の知的障がい者のための職業学科を、普通科の他に設置したのです。東京都では、それまで重度重複障がい者の教育整備に力を注いできました。

そこに平成に入り、LD児等の発達障がい者の課題が浮上しました。「障がいの軽度の生徒の職業教育と就労を促進しての社会参加」を新たな目標に掲げ、入学者に定員を設け、入学選抜を実施する、職業学科を設置することになりました。

当然、賛否両論渦巻きました。高等部は義務教育ではありませんが、東京都では実質的に国の義務制実施以来、高等部進学が当たり前になっていました(ただ、この時点では、まだ選抜制を敷いていた肢体不自由高等部も県段階ではみられました)。そのため、知的障がい校の高等部には中学校の通常級からも多くの軽度の生徒が入学するという実態がありました。

都議会では、保守会派が軽度児支援、革新系会派は重度児支援といった状況にあり、そのための対応も数多く経験しました。「南大沢学園」開設に際して私たち都教委は、校名から「養護学校」を外し、「東京都立南大沢学園」として、国に申請をしました。

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