【連載】魅力ある教師となるために 第2回 自分の世界を広げるために

多賀歴史研究所長 多賀譲冶

 
前回にひき続きボーイスカウトの話題だが、今回は子どものことではなく、私自身の話。3人の息子たちをボーイスカウトに入れたまではよかったが、私もリーダーをやるハメになってしまった。もっとも、中学生のころからリュックとテントを背負って遺跡を探し回っていたので、野外生活には慣れっこだ。

 出だしは、年長から小学校2年生までのおチビちゃんたちのリーダーで、これを「ビーバー隊」という。「右向け右」といっても、どっちが右だか分からない年代だ。怖いものを知らないから、危ないところでも平気で歩く。疲れたといってすぐに座り込む。オシッコをするのだって手がかかる。本業で関わる中学生も難しい年頃だが、手の掛けようが大いに異なる。しかし、これが良かった。プリミティヴな「教える」「学ばせる」に触れ、幼児教育の大切さを身をもって知ることができたからだ。

 もう一つ良かったことがある。仲間に教師が一人もいなかったことだ。電気機器メーカーの中堅社員、ビルメンテナンスの経営者、船会社の役員、そして教員の私と。日常では決して関わることのないメンバー構成であった。これが、隊の所属する団や団を包括する地区となると、職業は百花繚乱。企業戦士も、店の主人も、公務員も、医者だって何だってそろっている。これらが1つの目標を目指して手を取り合うなどとは、それまでの私には想像もつかないことだ。しかし、このつながりが、私の視野を一気に広げてくれたのだ。

 それまでは仲間同士の話題といえば、学校のこと、生徒のことばかりだった。だが、ボーイスカウトでは、仕事上の面白話や冒険談もあり、会話の中身もずいぶんと多彩になった。職業の多様性を反映してか、ものの見方やアプローチの仕方も単一思考に偏ることなく、活動もさまざまな角度から考え、実行することができた。

 私のいる地区には、中学校2、3年生のスカウトを対象にした3カ月間の訓練隊が用意されていたが、実行に至るまでの打ち合わせが半端でなく多かった。それもダラダラやるのではなく、活動ごとの機材準備はもちろん、そこで予測されるスカウトの行動や、それを行うことによって何が得られるか、厳粛でかつ感動的なセレモニーはどうあるべきかなどが、真剣に討議されていくのだ。

 学校だけが教育の場だと思っていた私にとっては、目からウロコの出来事だった。生徒たちには「社会を知れ」「世界を広げろ」と言いながらも、実は自分自身が井の中の蛙だったことに気付かされたのが、ボーイスカウトの活動だった。

 さて、このような気付きは、ボーイスカウトに限ったことではなく、社会の至る所にある。とかく教師はほかの職種や組織から学ぶ姿勢に欠けるところがある。「先生と言われるほどのバカでなし」とならないためには、自分にあった地域の活動やサークルに参加することも大切で、そうした体験が、その人の人生に彩りを加えることだけは間違いない。