【連載】子どもの自立を育む学級経営 第4回 基盤になるのはどちらなのか

京都文教大学准教授 大前 暁政

子どもを褒めて伸ばすことができれば、それに越したことはありません。子どもは褒めまくればよいのだ、といった教育論も見られます。しかし、子どもは時に悪いこともします。ルールやマナーを守らないこともあります。自分勝手に行動することだってあるでしょう。

自分勝手な行動をしているのに、褒めることは困難ですし、無理に褒めても自分勝手な行動が助長されるだけです。教育論の中には「子どもは悪いことをするものですよ。ですから、いちいち指導しないで見守っておきましょう」といったものもあります。確かに一理あります。

しかし、見守るだけでは規範意識は育ちません。「ダメなことはダメ」と指導することも必要になります。規範意識が育っていないままでは、良い悪いの区別がないままにこの先も望ましくない行動が続くことになります。

例えば、教師に対して適当にあいさつをする。教師が話しているときにちゃちゃを入れる。教師が守ってほしいと言ったルールを無視する。そういう行動をとっている子に、何も教えないでいることは教育の放棄といわれても仕方ありません。というより、そういう状態では、褒め続けることはそもそも無理なのです。

ここで一つ考えてほしいことがあります。それは「褒めまくること」が先にくるのか、それとも「規範意識を育てることが先に来るのか」です。同時にどちらもできるとよいのですが、あえて、どちらを先にすべきなのかということを考えてみます。

先に述べたように、規範意識が育っていないと、そもそも褒めることが困難になります。規範意識が育ってきて、良い行動が増えてきたら自然と褒めることが多くなります。しかも、規範意識が育ってきたら、だんだんと自分で考えて行動ができるようになります。そうなったら、今度は子どもに行動を任せて見守ることができるようになります。

例えば、今の状況の中でどういった行動が最善かを考えさせることができます。また教師が見守っておいて、後から「今の行動はよかったと思うけど、どういう考えでやったの?」と尋ねることもできるでしょう。きちんとした考えで行動できているなら、褒めるだけで指導を終わらせることができます。ここでいいたいのは、指導には段階があるのではないか、ということです。

「褒めて褒めて褒めまくる」指導法は確かに正しいのですが、それだけを鵜呑みにして褒めまくるだけでは、学級経営はうまくいかないのです。褒めることで、自己肯定感を高めることはもちろん大切です。しかし、それだけをやろうとしてもうまくいかないことがあるのです。

厳しい子育てが普通に行われている国の教育論で、「子どもは褒めて育てればよい」とか、「子どもを見守っておくことが大切だ」といわれることがあります。これには、「厳しい子育てが、普通に行われているという基盤があるがゆえに、その逆の教育論がもてはやされる」というカラクリが潜んでいます。

このカラクリを理解せずに、直輸入で「とりあえず子どもは褒めていればよい」とか、「見守っておく方がよい」と考えていると、ルール、マナー、モラルが育っていない、つまり規範意識が育たないままに大きくなってしまいます。

まずは、基盤として何が必要なのか。その教育論は基盤としてどんな指導を行っているのか。そんな背景を理解して教育論を取り入れる慎重さが必要になるのです。

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