【連載】いつからいつまで特別支援 第7回 「LD問題の25年」~発達障がいのこれまで(その②)

臨床発達心理士 池田啓史

前回、LD問題は、保護者、研究者、行政が共同歩調で施策を作り上げていった初めての例となりました、と結びました。実は、この共同歩調者にはもう一つ、都議会議員の支援があったことを忘れてならないと思います。

東京都教育委員会は、正式には「東京都教育委員会事務局」といいます。局には、都知事直轄の知事部局として、総務局、財務局などの組織があります。教育委員会事務局は、教育の中立性を担保するために、知事部局とは別の独立した行政機関として、公立学校を主軸とした諸課題の施策と運用を進めています。この組織の上に「東京都議会」があります。言うまでもなく、選挙で選出された都民の意志を反映し、施策として議決し実現していく機関です。

従って、私たち行政組織の者は、都議会議員の方(先生と呼びます)の要請があると、万難を排して駆けつけるべし、との使命を持っていました。そこで、LD児親の会との定例のミーティングで、「応援してくれる都議会議員の先生を探そう」ということになっていきました。

都議会では、各政党ごとに組織が立ち上げられ、議会や委員会では、この組織(会派といいます。政党とは別に複数の党が議会内で協力して施策を実行するための組織です)ごとに施策の予算、進行管理、決算などについての質疑が年4回行われていました。LD問題を都教委の施策として位置付け、実行していくためには、議員の先生を味方にしようという方向になったわけです。

私たちは都教委の事務局サイドのため、表だっては動くことは困難でした。そこで、親の会の父母の皆さんで、各会派を回り、協力を訴える行動を起こしました。各会派の中で唯一、関心を示してくれたのが都議会K党でした。K党では、O議員がLD問題を引き受けてくださいました。いよいよ強力な応援団が加わってくれることになりました。

議員の先生が課題を施策として担当されるということは、関係の都教委事務局サイドに情報を求めてくることになります。O議員先生も文教委員会の所属ではありましたが、失礼ながらLD問題については、これから勉強しながらと仰っていました。

そこで、私たちがO議員先生の元に通い詰めるという日々が始まりました。先生は、膝を交えてそれは熱心に私たちの説明を聞いてくださいました。その結果、都議会の代表質問でLD問題を取りあげ、都教委にそのための施策計画を問うということになりました。

実は都教委内部でも、何らかの教育現場への理解啓発を考えなければ、という議論が同時に進行していました。「学校の教員向けのリーフレットの作成」「理解や支援に関する研修会の開催」など、私たちLD問題の担当者にとっては、やりたいことは山ほどありましたが、まずは、学校現場の先生方にこの子たちの「困り感」を知ってもらうことが先決と考えました。

平成6年の第三定例会に際して、O議員先生の代表質問の原稿作成に手を貸してほしいと頼まれました。質問の原稿作成を手伝いながら、一方では質問に答える教育長の答弁書も考えるといった7年間の議会対応では経験のない事態が刻々と進行していきました。

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