【連載】魅力ある教師となるために 第7回 エピソードをポケットに その2

多賀歴史研究所長 多賀譲冶

 
前回に引き続き、エピソードの話。  私が住む川崎市北部では、桜が満開を迎える4月上旬が田植えの準備に入るころで、農家では種籾を苗箱に播くために機械や人手の用意をする。田起こしもこのころに行われる大切な作業の1つだ。そんなある日、「おや?」と思う光景に出くわした。

畦の内側の2辺を小型ショベル機で溝きりしていたのだ。田起こしとは明らかに異なる。よく見ると、直径20センチほどの多数の穴があいた塩ビ管を埋設している。深さ1メートルほどの溝には板が敷かれ、その上に30メートルほどの塩ビ管が、もう一辺の塩ビ管にL字型に接合されて横たわっている。

作業は5人ほどで行われていたが、やがて大きな袋が運びこまれ、中身を塩ビ管の上にまきはじめた。昨年の精米で出たもみ殻だ。どうやら、塩ビ管のクッション材と土の侵入を防ぐための作業のようだ。最後に、下草刈りの際に出た篠竹の束を一列にのせて土をかぶせた。こうなると何が埋まっているかさっぱり分からない。

新しい塩ビ管は、以前埋設された管に接合されて水路出口付近までつながった。そこには、水の出入りをスイッチする栓が土中に隠されているのだが、外からは棒が伸びているようにしか見えない。「この棒(栓)を回して水を抜くと4、5日で田が乾くのさ」とは農夫の弁。私が見ていたのは暗渠排水の工事だった。

ご存知のように、稲を栽培するには乾燥の時期も必要で、これがないと収量はぐっと減り、食味も落ちる。谷戸の多いこの辺りは、湿田が多く、こうした仕組みが絶対に必要なのだという。こうして犬の散歩をしている付近の人たちにも気付かれることなく、田んぼの営みは進んでいく。

田んぼの話はさらに続く。

やはり田園地帯を歩いていたときの話。さやさやと苗が風になびく6月は、水の管理が最も大切な時期である。ある田んぼで、ねずみ色の塩ビ管が畦を貫いて水路の水を流し入れていた。先端の5センチほどがL字に曲がった50センチから60センチの管はどう見ても廃材利用だ。

そこに老農夫がやってきて先端の曲がり部分をねじって角度を変えた。思い切って聞いたところ「こうして田んぼの水位を調節しているのさ。安上がりだろ……」とニッコリ笑った。農夫はL字部分の寝かせ具合で田んぼ全体の水位を調節していたのだ。

先の話といい、この話といい、農家の営みには無駄というものがない。塩ビ管を保護する籾殻や篠竹は一見不要なものだが、そうではなかった。拾ってきたようなL字管にも大きな役割があった。これらは全て農民の経験と工夫から生まれたもので、中には、伝統として伝えられてきたものもある。

こうした話には現実味があるから、子どもたちは「へえ~」と一様に関心を示す。授業の中で「人間の営み」を伝えることは大切で、しかも、このようなエピソードも中核に据えて周りをしっかり固めれば、立派な授業に変身する。それらはどの本に書いてあるわけでもなく、全ては教師が足と目で得ていくものなのである。