【連載】脳科学から手書き・書道の意義を考える 第6回 書風とくせ字の違いとは

東京書芸協会会長 川原世雲

 

手書きの文字を添削指導するのは、脳の機能と構造から考えれば、生徒の個性を矯めるのではなく、逆に前頭前野の「創造性」を育む、ということを第3回連載でお話ししました。今回は、これを一歩進め、どのように書作品を評価し、添削指導するか、2つの例を示したいと思います。  1つは「すぎ」に注意することです。一番左の「幸」の字のように長さのメリハリが「無さすぎ」の字、また、真ん中のように1カ所だけが「出すぎ」の一点豪華主義の字は、大変読みづらいものです。例えるとしたら、油っぽさばかりが突出して、あとの旨み、香りなどが埋没してしまっているような料理を想像してみてください。

その人独自の書きぶりを「書風」といいますが、それは、長短、太細、連離、角度、大小、といったさまざまな表現要素のバランスの匙加減を指します。1つの要素が突出している書きぶりは、書風ではなく、くせ字の部類に属するといっていいでしょう。

もう1つは運筆です。金釘かなくぎ文字、丸文字といった書きぶりがあります。金釘文字は、運筆のリズムが急発進、急停車であり、角ばった印象があります。また、丸文字は運筆のリズムに緩急がなく、平板に手を動かしています。どちらも書風ではなく、くせ字といえるでしょう。

手本の運筆は、入り(始筆)はゆっくりと、中間(送筆)は伸びやかに、終わり(終筆)や曲がりの部分はゆっくりと、のように変化がつけられています。小学校低学年の児童には、やや難しいかもしれません。個人差もありますが、高学年からは変化があり、かつ滑らかな運筆を心がけたいものです。

滑らかな運筆は、右脳のイントネーション性、前頭前野のより高次な活動である細かい連続した指の動きを必要とします。これに加え、右脳頭頂葉の空間の構築性、側頭葉の文字認知といった、広範囲にわたる手書きのための能のネットワークを要するからこそ、大変であり、脳を育みます。

「すぎ」に注意し、流れ良い運筆を心がけましょう。さまざまな要素を同時に表現するのは、とりも直さず手書きする脳内ネットワークを広範囲にわたり並列的に活動させることです。

結果、教育が追求するべき、学習、思考、意欲、創造、抑制、情操などといった前頭前野の機能を発達させます。「書道をすると子どもが落ち着く」といわれるのは、そのためかと思います。

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