【連載】これからの生徒指導と学級経営 8 校則違反には“わけ”がある

生徒指導コンサルタント 吉田 順


校内暴力期の「服装の乱れは心の乱れ」という言葉は、生徒指導の現場で知らない教師はいない有名な言葉でした。今では〝伝説の名言〟になってしまいましたが、この言葉の意味はそのまま引き継がれ、今でも生徒指導の根幹になっています。

ところが、よくよく考えると、この言葉には述語がありません。そのため、使う教師によって意味合いが違っていました。ある教師は「服装の乱れは心の乱れを表す」という意味で使い、別の教師は「服装の乱れは心の乱れから生じる」「服装の乱れは心の乱れにつながる」など、伝説の名言の割には、いい加減な内容を示す代物だったのです。もちろん服装だけでなく頭髪も同じです。

服装の乱れが心の乱れを表したり、心の乱れから生じたりするのなら、「心の乱れ」に取り組むのが先です。心の乱れにつながるというなら、どういう根拠でつながるのでしょうか。そもそも、この「乱れ」は、学校が決めたもの以外を乱れとしているにすぎません。

今も多くの学校現場は、違反の頭髪や服装で登校すればその指導に莫大な労力をかけます。私はその指導自体に反対しませんし、私も現職中はそう指導してきました。もし一過性のものなら、生徒は直してきます。  ところが、何度指導しても直さないとか、指導した点は直すが、今度は別の違反をする生徒には必ず違反する〝わけ〟があるのです。

違反のわけに取り組まない限り、違反をやめません。赤ん坊の発熱は「どこか具合が悪いよ」というメッセージであるように、違反は親や教師へのメッセージです。わけを探ろうとしないで「直してから来い」「直さなければ教室には入れない」という指導は、発熱のたびに解熱剤を飲ませて済ませる親のようなものです。

わけを探ろうとするとき、「直すまで教室には入れないが、わけを話しなさい」と言っても、本当の心内は話さないでしょう。話しても話さなくても、結論は決まっているので、わけを聞いてほしいとは思わないからです。しかも、違反のわけを聞けても「格好がいいから」「〇〇先輩のようになりたいから」などの外面的理由しか言えません。時間をかけて何度も話を聞き、家庭訪問で親と相談して初めて本当のわけにたどり着くのです。

「直してから来い」「直さなければ教室に入れない」という指導基準とわけを探る作業は両立しがたいことです。では、一般的にどんなわけがあるのでしょうか。さらに、わけが分かったら違反生徒はその違反を直すのでしょうか。次回はその話をします。

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