【連載】特別支援教育の根本 9 ノーマライゼーションへ

(学)大出学園支援学校若葉高等学園理事 清野佶成

 

文科省初等中等教育局特別支援教育課「教育支援資料」(平成25年10月)の知的障害の説明は「一般に、同年齢の子供と比べて、『認知や言語などにかかわる知的機能』が著しく劣り、『他人との意思の交換、日常生活や社会生活、安全、仕事、余暇利用などについての適応能力』も不十分であるので、特別な支援や配慮が必要な状態とされている。また、その状態は、環境的、社会的条件で変わり得る可能性があるといわれている」。

かつて同課の「就学指導資料」(平成14年6月)では、「発達期に起こり、知的機能の発達に明らかな遅れがあり、適応行動の困難性を伴う状態」をいうとしていた。この変更で、科学的、医学的知見等を踏まえてのよりよい説明がなされたと思われる。

高齢者になれば誰でも、記憶などの認知や言語などの知的機能が低下し、ある場合には、認知症などになり、適応行動が著しく困難になる。しかし、この場合は知的障害といわない。

厚労省のe―ヘルスネットでは、知的障害について、次のように述べている。

知的障害(ID=Intellectual Disability)は、医学領域の精神遅滞(MR=Mental Retardation)と同じものを指し、「知的発達の障害」を表す。すなわち「1、全般的な知的機能が同年齢の子どもと比べて明らかに遅滞し」「2、適応機能の明らかな制限が」「3、18歳未満に生じる」と定義されるものである。中枢神経系の機能に影響を与えるさまざまな病態で生じるので「疾患群」ともいえる。

さて、今使用されている「知的障害」との名称の前、平成10年9月までは、公式には「精神薄弱」が使用されていた。この名称は、前々から不快、差別用語との批判があった。あたかも精神全般が弱い、欠陥があるような印象を与える。障害者の人格自体を否定するニュアンスをもっている。医学界では「精神遅滞」、マスコミでは「知的障害」が使用されてきていたなどのことから、平成10年9月28日に「精神薄弱の用語の整理のための関係法律の一部を改正する法律」の成立、翌年4月施行で、名実共に「知的障害」の名称となった。だが、障害の中で最も理解するのが難しい。今も差別や偏見、人権侵害、特別視などが起こり、地域社会で生活するのが非常に困難である。

今、社会福祉の理念になっているノーマライゼーションは、デンマークで1959年、知的障害者の「親の会」の運動の中で、バンクーミケルセンによって提唱された。当時、デンマークでは、生まれながらの地域で、親のもとで生活していた子どもが、知的障害であるとの理由から、18歳になると地域から遠く離れた巨大な施設(コロニー)に送られて生活していた。その施設の中で多くの人権侵害が行われていた。それを知った親の会は、この状況を改善をしようと運動した。これがノーマライゼーションである。

それまでの福祉が、障害者を一般社会から引き離し、特別扱いする方向に進みがちであったことを、全ての人と同じ人として、普通に生活を送る機会を与えるべきであるという福祉の考え方を提唱した言葉である。

社会は多様な人々によって構成されている。その中で、全ての人が生命の尊厳と人権が尊重され、障害のある人もない人も、健康な人も病気の人も、子どもも高齢者も、男性も女性も、国籍や肌の色の違う人も、住み慣れた地域で生活するのが普通であり、人として認められ、安心して地域社会で日常生活が送れるような社会を築くというのが、現代社会におけるノーマライゼーションである。

それを今、実現するために、教育の役割が求められている。それが特別支援教育の理念であり、基本的考え方であるとを認識することが、根本である。

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