【連載】古川流学級経営12の鉄則 その9 失敗なんて誰でもある

兵庫県赤穂市立原小学校教頭 古川光弘

 

私は机の前に、がばいばあちゃんの言葉以外にもう一つのメッセージを張り付けています。「失敗なんて誰にでもある。卑屈になるな!」というものです。この言葉は私が30年、教師を続けてきて自ら導き出した結論です。

私たちはお金をいただいて働いています。お金は簡単に稼げないものです。苦労して当たり前なのです。私は、自営業を営む家庭で育ったので、その事は身を持って実感しています。苦労して苦労して、やっと一つの商品を売り上げても、たかが数十円、数百円にしかならないのです。家族が生活するためには、どれだけの数を売らないといけないか、気の遠くなる数字です。そんな両親の後ろ姿を見て育ちましたから、仕事に対しては、かなりシビアなイメージがあります。

そのため、私は自信満々な教師より、悩みながら進んでいる教師の方が教師らしいと思っています。悩みながら進む教師は謙虚な人が多いとも感じています。謙虚さは、教師の資質としてとても大切です。謙虚な人は悩んでいる人の気持ちに共感できます。傲慢な態度がそぎ落とされています。自信満々の人はそれができません。人の気持ちが分からないのです。これは教師として致命的だと私は思っています。

連載をお読みいただいている皆様が、仮に、私が紙面で述べたような戦略を実行し、万策尽くして学級経営に当たっても失敗はあるのです。決して卑屈になる必要はありません。学級は人と人が生活する場であり、相性もあるのです。たとえ今、失敗したと思えても、長い目で見れば失敗ではなかったと思える要素もあるのです。教育は、ずっと後になって結果が出る点もあるからです。

「便強会」という教えがあります。鍵山秀三郎先生が中心になって進めている会です。トイレを磨いて心を育てようとする教えです。実は、平成26年6月に野球の元巨人軍、桑田真澄さんの話を聞くまでは、なぜトイレと教育が結び付くのか分かりませんでした。むしろ、全く意味がないと思っていました。でも、桑田さんの話で意味が心にストンと落ちました。このお話は、次回、改めて述べますが、実は「運」や「つき」が巡ってくるのです。

苦しい局面に陥っているときは、運が良いと決して言えません。もちろん、ついているとも言えません。運やつきが一時的に離れているのです。そこで運を引き込むのです。運も実力のうちです。他人の境遇をうらやましがる暇があれば、運やつきを自分に引き寄せる努力をしてください。

運の女神は「笑顔」のある所に寄ってきます。苦しいときこそ、「笑顔」で乗り越えるのです。失敗なんて誰にでもあります。決して卑屈になってはいけません。

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