【連載】「いじめ問題」の解剖学 第9回 「いじめ問題」の成立6

立教大学文学部教授 北澤毅

 

転換点としての水戸市事件報道(1)

「今から思えば、あの時こそ分岐点だった」などと、歴史的転換点として位置付けられることになる出来事や事件がある。

「いじめ問題」なら、85年1月21日に発生した、茨城県水戸市の女子中学生自殺事件こそが、歴史的転換点であった。とはいえ、それは事件そのものの特徴によってではなく、事件の「報道のされ方」によってである点に留意する必要がある。それがどういうことかを、当時の報道内容の分析を通して明らかにしていきたいと思う。

まず注目したいのは、「死を呼ぶ〝いじめ〟」という刺激的な見出しを掲げてこの事件を報じた朝日新聞の記事の「作り方」である(85年1月23日朝刊、社会面)。

「死を呼ぶ〝いじめ〟」という見出しのもと、2つの自殺事件が報じられている。そのうちの1つが水戸市の事件である。リード文には、「『もういじめないでね……』という遺書を残して」から始まり、「同級生のいじめやいやがらせに苦しんでいた」と書かれている。加えて、本人の顔写真と「ばか、しね」などと落書きされた教科書の写真が掲載されており、読み手に「いじめ自殺」と思わせるに十分な内容となっている。

もう1つは、岩手県の中学生の自殺である。ただし、「岩手では男子生徒」という中見出しの下に、小さな文字で「『えん世』の見方も」と断り書きがしてあり、本文中でも、「いじめ自殺」という断定を回避する記述スタイルが採用されている。

つまり、本文を読めば、2つの自殺事件の報道内容がかなり異なることがわかるのだが、「死を呼ぶ〝いじめ〟」という見出しのもと、2つの自殺事件を報じる記事が左右に割り付けられているという紙面構成それ自体が、「2つの自殺事件を『死を呼ぶ〝いじめ〟』という見出し(=文脈)のもとで読め」というメタ・メッセージとして機能しているのではないかということだ。

それは、第2社会面に「学校『知らぬ』間に陰湿化」という見出しのもと、遠藤豊吉(教育評論家)の「水戸も岩手も(…中略…)いまのいじめの典型的なケースです」という発言を紹介していることからも明らかである。

このように、2つの自殺を報じる記事のレイアウトや識者コメントの紹介の仕方という紙面の作りの方のなかに、「いじめ」と「自殺」を接合させて「いじめ問題」の深刻さを印象づけようとする朝日新聞の報道姿勢が、はっきりと読み取れる。

それに対して毎日新聞は、見出しに「いじめ?中2女子自殺」(85年1月23日)と、「いじめ」に疑問符をつけて報じており、本文でも自殺の動機についてはふれていない。そして読売新聞は、そもそもこの自殺事件を報道さえしていない。

ここで少なくとも2つの問題点が浮かび上がる。第1に、なぜ朝日新聞はメッセージ性の強い報道をしたのか。第2に、新聞各社によってなぜこれほどまでに報道姿勢が異なっていたのかである。

この2つの問いに答えることが、「いじめ問題」の成立過程を明らかにするうえでの突破口となる。