【連載】魅力ある教師となるために 第10回 国際人の要は語学以外にある

多賀歴史研究所長 多賀譲冶

 
 国際人を育てるために英語教育に力を入れた一貫校の取り組みが広がりはじめた。

禅思想を世界に広めた鈴木大拙が晩餐会に出されたスープをおしいただき飲み干したとき、同席していた米国人たちは驚異の眼差しでそれを見つめ、感嘆した。彼らは大拙の堪能な英語力ではなく、その高い精神性に敬意を表した。

クールジャパンが功を奏したか、それとも円安のおかげなのか、近年、外国人観光客の数が飛躍的に伸びている。爆買は、ひとまず脇に置くとして、その観光客の訪れる先に異変が生じている。いわく紙漉体験や絞り染め、書道体験や家具作りと古来の伝統技術や芸能にあこがれて参加してくるという。

そして、そのほとんどが「大変に満足」して帰国する。田舎のじいちゃんばあちゃん、それに職人の多くは英会話などできない。外国人が満足し敬意を表しているのは、ホスピタリティーはもちろん、高い技術とそこに存在する芸術性と精神性に対してだ。

「あなたの買ったコートには大した問題がない。だから交換できない」という内容をクイーンズイングリッシュでまくし立てられたときがある。「フランス語のできるヤツを呼んでこい」と言った途端に態度がガラリと変わったのを思い出す。

ロンドンの有名紳士服店での出来事だ。私のフランス語など大したものではないが、英国では多くの第2外国語がフランス語であるにもかかわらず、大部分の人は話せない。語学コンプレックスは彼の国にもあり、これと同じ事柄は米国にもある。

月に1度、全校の職員や生徒が見る映画会に、日本大使館から借りてきた漆器など伝統技術についてのフィルムを上映したときの話だ。上映後に、幾人も先生や生徒たちがやってきて「素晴らしい技術」「高い芸術性」と感想を述べたのには驚いた。前月に上映した新幹線やトヨタ、ソニーなどの最新技術には大した興味を示さなかったからだ。これはフランスでの出来事。

ここまで書けば、私が何を言いたいかお分かりになると思うが、世界に通じる日本人を育てるためには、まず英語以外の教科を充実させることだ。社会科の立場からいわせてもらうなら、暗記偏重の授業などさっさとやめることだ。生まれた国の歴史や文化を愛せずに他国を理解するなど、まずできない。

尊敬される人は、自国の文化を理解し愛するのを前提条件にする。そして、個人の体験に基づいた技能や教養の高さだ。外国語がいくら堪能でも、残念ながら国際人にはなれない。これは世界の常識でもある。

さらに付け加えるなら、国旗に敬意を表し、国歌は4部合唱で歌えること。海外の大会などで君が代が演奏されるたびに、日本人が貧弱なユニゾンでしか歌えないのを恥ずかしい思いで見ているのは、私だけだろうか。

最後に、英語は世界語としてとても大切な言語だ。ならば、文節の1カ所だけを間違えたくらいで全てペケにしてしまうような英語教育はやめよう。なんにでも完璧を求めるのは日本人の美徳といえるが、同時に弊害でもあるのだ。

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