【連載】「いじめ問題」の解剖学 第11回 「いじめ問題」の成立⑧

立教大学文学部教授 北澤毅

 

転換点としての水戸市事件報道(3)

「いじめ問題」の成立、言い換えれば、「『いじめ』が自殺の動機となりうる」社会の成立は85年だった。きっかけとなったのは、朝日新聞とNHKの水戸市事件報道にある。
それに呼応して、警察庁や文部省などの公的機関が「いじめ実態調査」など、さまざまないじめ対策を「初めて」実施したことも重要だ。

マスメディアが公的機関を動かし、その動きをまたマスメディアが報道するという循環構造が形成された。「いじめ問題」への関心は、大きな高まりを見せることになる。
最大の悲劇は、「いじめられている」と自認する子どもたちが、「いじめ苦は自殺に値する」と考えはじめたことにある。いわば、新たな思考回路の成立である。

実際、85年後半には、「いじめ自殺」報道が相次ぐ。
しかし、朝日新聞やNHKは、なぜ水戸市事件を「いじめ自殺」と断定し、繰り返し報道したのだろうか。

この問いに答えるには、教育問題をめぐる当時の時代状況にふれる必要がある。
すでに論じたように、80年年代前半は、少年非行や校内暴力に代表される教育問題の深刻化が問題視されていた。同時に、「いじめ」問題への認識も徐々に形成されていく時代であった。

なかでもNHKは、83年9月末の「おはよう広場」で、「弱いものいじめ」特集を4回にわたり放映し、大きな反響を得た。それを受けて、『弱いものいじめ』(84年6月)の書籍を刊行するなど、いじめ問題に精力的に取り組みはじめた。
ただし、「いじめ」はもっぱら小学生の問題と認識されており、「いじめ」と自殺を結びつける思考はなかった。その意味で、当時はまだ「いじめ問題」は成立していなかった。

そうしたなか、84年11月に大阪で発生した同級生殺人事件が重要な意味を持つ。高校1年生の2人が、自分たちをいじめた同級生を惨殺した事件だ。マスメディアで大きく報道された。

ここでは、逮捕翌日の朝日新聞社説「悲劇から何をくみとるか」(11月13日)に注目したい。
「子どもたちの間に陰湿ないじめが広がっている事実を、大人たちが知って久しい。…略…。いじめに耐えかねて自殺した子も、もう何人も出ている。…略…。何年も前から、同じ状況は続いている」

ここには、自殺や仕返しをもたらす陰湿な「いじめ」が何年も前から続いている、という認識が示されている。
80年代前半の朝日新聞は、自殺の動機としてのいじめに注目して子どもの自殺を報道していたわけではない。
むしろ、この殺人事件を起点として遡及的に過去を振り返り、「いじめ」と「自殺」を接合させ、「いじめ問題」の深刻さを語りはじめた。
さらには、その後のいじめ関連報道で本事件にしばしば言及した。「いじめ問題」構築過程における重要な参照点にしていった。

このような「いじめ」認識を確かなものとする特別な出来事が、その後に発生しなければ、朝日新聞の報道姿勢はいずれ消滅したのかもしれない。
実際には、「陰湿ないじめ深刻化」との認識を確固たるものとする方向へと事態は、急激に進んでいく。
こうした流れに決定的な影響を与えたのが、まさに「水戸市事件」であった。

「いじめ」が社会問題化してから30年になるが、依然として私たちは「いじめ問題」に呪縛され続けている。ここから脱出するにはどうすればいいのだろうか。

関連記事