【連載】魅力ある教師となるために 第12回 「子弟同行」は教師の道

多賀歴史研究所長 多賀譲冶

 

学校以外の学習時間が増加しているとニュースが伝えている。画面では、「遊ぶより将来のために塾で勉強する方が大切」と子どもたちが話していた。「塾の勉強の方がよく分かる」という子もいる。

2年間の連載で、最初の1年は教材作りの意義と大切さについて、今年度はそれに加えて教師の資質や素養、問題に対する心構えについて述べてきた。最終回に当たり、私は教師の意気込みや姿勢について触れてみたいと思う。

「私たちの国が模範とするのは明治維新です」。同じコンパートメントに座っていた紳士の口からその言葉は出た。「2度の戦争で疲弊はしたが、必ず復興して豊かな国になる」とも続けた。彼はベトナムの外交官で、明治維新を驚くほどよく知っていた。
ヨーロッパ中心だった世界を今日の姿に変えた大きな要素に明治維新と日露戦争があるのは、多くの人が知るところで、彼らはそれを祖国復興の指針にしようとしているのだ。
その彼が「明治維新成功の原動力は何か」と私に質問してきた。「教育の成果」と私は答えた。「自分もそう思う」と彼は大きくうなずいた。

アジアのちっぽけな島国が、欧米先進国と肩を並べるに至った歴史やその功罪をあらためてここでは述べない。ただ、スタート時にそれを支え、リードしていく優秀な人材がいたからこそ、今日の日本があったのだけは間違いない。
幕末期には、漢学、国学系だけでなく医学、蘭学系など多くの私塾が誕生した。吉田松陰、広瀬淡窓、緒方洪庵や、日本の近代化に大きく貢献した門弟たちがキラ星のごとく存在していたのは読者もご存じのとおりである。

ここで特筆すべきは、これら塾主たちが「偉い先生」ではなく、同行の士として門弟に寄り添っていた点である。
彼らに共通するのは「個性の尊重」と「世に尽くす」人物を育てるところにあって、当然ながら出世の道などは説かなかった。
門弟は、ただ知識や技術として学問を学んだのではなく、学問する心と志を師の姿勢から学びとった。これがその後の日本を構築する上で、また個々人の生き様から最も大切な点であった。明治維新成功のカギといえよう。

共に学ぶものとして教師の在り方は、時代や社会が変わろうとも「子弟同行」という言葉に集約され、普遍的な価値として日本人の貴重な教育財産となった。社会の転換期にこのような教育者に恵まれたのは、私たちの国にとって、真に幸いであった。
学校でしかできないことがある。目先の結果や受験のための勉強ではなく、学び本来の楽しさを子どもたちに与えるのは学校教育の目的であり、教師の使命である。良き教師との出会いは子どもにとってかけがえのない宝だ。

若き教師たちが、自ら成長する人として子どもたちと共にあり、より豊かな教育を目指して進むのを信じ、この連載の筆をおさめたいと思う。

(おわり)

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