【連載】脳科学から手書き・書道の意義を考える 第11回 手から言語能力が高められる

東京書芸協会会長 川原世雲

p20160317_04手の細かい動きは、脳の発達や認知症予防によいなどと、昔からいわれてきました。脳の構造からすると、手の意図的な動きをコントロールする領域は、人間の高次な活動を司る前頭前野の広い部分を占めています。顔や口の動きを司る部分も、手をコントロールする領域の下に位置する場所を広く使っています。

文字を書く際には、手指の意図的で細かい運動だけではなく、脳のさまざまな領域の活動を伴います。文字を書く際に必要な脳のこれらの部分は「書字中枢」と呼ばれています。

まず、意図的な手の動きに指令を出す領域の前方にある「エックスナー中枢」。それから、文を産出したり理解したりする領域の「ブローカー野」、文字を認識する「左角回かくかい」、語彙を司る「側頭葉下部」などです。

文字や文を書く際には、これらの書字中枢が共調して働くことになります。一方、同じ「書く」でも、パソコンなどを使用する場合、字形の構築や筆順などを考えてリズムよく書かないため、右半球の頭頂葉を使わなくて済みます。

また、タッチ操作による指の運動は、自動化された熟知運動となるため、前頭前野ではなく小脳の活動に移行します。ブローカー野は、ちょうど心臓とエックスナー中枢の中間にあります。ブローカー野は文の産出や理解に必要な言語能力に直結する領域ですが、意図的な手の動きや、話しによって導かれる血流が少なくなれば、この領域の機能が低下してしまう可能性があります。

パソコンなどで文字を打ってばかりいると、漢字が書けなくなるといった現象は、こうした脳内ネットワークの変化によるものと考えられます。

つまり、手で文字を書くというのは、行為自体が人の言語能力を高める潜在力を内包しているのです。手指の運動や空間の構築性という面で、手書きは格段に複雑な技能を必要とします。より高みを目指すなら、単に手本を写すだけとか、いつも同じものばかり書くのではなく、新しいさまざまな書式、言葉、文などに挑戦するのが大切です。

手書きをする機会が最近少なくなったと、よくいわれます。だからこそ逆に、学校や生活場面で手書きする機会を意図的に増やすのが、脳の発達や心の健康のためにも必要だと思います。

関連記事