【連載】脳科学から手書き・書道の意義を考える 第12回 日本語を手書きして脳を鍛える


東京書芸協会会長 川原世雲

 

p20160407_02脳科学と書道12これまで「手書きとタイピング書字では脳の活動領域が違う」と述べてきました。あわせて、「子どもの教育において、手で字を書くことの大切さ」を伝えしてきたつもりです。いかがでしたでしょうか。

今回はそのうえで、他の言語と日本語との比較をしてみたいと思います。

手書きかタイピング書字かについては、「言語の種類」を無視できせん。例えば、漢字で「バラ」という文字を書いてくださいと言われたとします。そんなの簡単、「薔薇」だよとスラスラ書ける人は、そう多くないでしょう。一方これをタイピングするとします。ローマ字入力で「B→A→R→A」を変換して候補の中から選びます。すると今度はほとんどの人が「薔薇」と打てます。ただ実際に「書けた」わけではありません。

英語に置き換えてみましょう。「バラ」という言葉を書く場合、あれ、〝LOSE〟だったか〝ROSE〟だったか。はたまた〝ROZE〟だったかといったつづり方が問題となってきます。これは日本語のように、形が分からないまま、とにかく音をタイピングしても解決するものではありません。〝ROSE〟と打てば「薔薇」になりますが、〝LOSE〟にすれば「失う」になってしまいます。

中国語のタイピング書字も、中国語には表音文字がないため、漢字を全て指定することになります。日本語よりも母音と子音がはるかに複雑であり、また「ピンイン」(声の調子・四声)を選択する、という作業が加わってきます。同じ漢字文化圏であっても、中国語のタイピング書字は、日本語より難しいのです。

音を入力するだけで書字化が可能な日本語は、他の言語と比べてタイピング書字が容易といえます。だからこそ、世界の言語の中で、日本語は、使用している人口に比べてインターネット内部における使用割合が高いのかもしれません。

しかし、その実態は、日本語のタイピング書字は英語などと比べると文字の形を「想起」する必要がなく、音さえ入れれば可能なため、文字の構築性を司る脳の右半球頭頂葉の活動を伴わなくなるわけです。

手書きと向き合うのは本当に骨の折れる作業に違いありませんが、これについて考えることはこれからますます重要になってくるはずです。「読み」「書き」を指導する方々の授業づくりの手掛かりとなればと思い、筆を執らせていただきました。

今回が最終回です。1年間お読みいただき本当にありがとうございました。  (おわり)

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