【連載】こころ元気エクササイズ 若手教師編 第62回 人間関係ゲームを理解する

メンタルトレーナー 加藤史子

 

犠牲者・迫害者・救援者

皆さんは、どちらかというと自分は犠牲者になる場合が多いですか。それとも迫害者になることが多いですか。それとも救援者になることが多いでしょうか。

人間関係のトラブルは、この目には見えない人間関係のゲームの概念を理解すると、対処の方法が変わってきます。そこで、犠牲者・迫害者・救援者のゲームについてお伝えします。

「あの人、こんなにひどいことをしています。何とかしてください」とか、「私はあの人に、こんなにひどいことをされました」というような訴えをしてくる人がいます。そのようなとき、人間関係のゲームが行われています。

ゲームは人や場面を変えながら繰り返されます。不快な感情で終わるものをゲームといいます。カープマン(スティーブン、交流分析家)は、ゲームには3つの役割があり、もっともらしい会話の中で、この役割がどんどん変わっていくといいます。

迫害者の役割で行われるゲームには「あらさがし」「はい。でも…」のゲームがあります。あらさがしは、人のあらを探しながら人をこき下ろしていきます。そうすることで自分はすごいとアピールしたいのです。「はい。でも」のゲームは、もちかけた相談にアドバイスを受けると、「はい。でもそれは、こういう理由でできないのです」と繰り返します。

犠牲者の役割で行われるゲームには「私なんてどうせ何もできない」「あの人のせいでこうなった」のゲームがあります。「私なんてどうせ何もできない」というのは、「そんなことないよ。あなたは素晴らしい人だよ」と言ってほしいのです。「あの人のせいでこうなった」というのは、「それはかわいそうだったね」と言って自分の味方になってほしいのです。どちらにしても、それだけでは終わらず、結末は不快につながってしまうのがゲームの特徴です。

救援者の役割で行われるゲームには「おせっかい」ゲームがあります。相手が望む以上に私が一肌脱いで解決してあげる、としゃしゃり出てしまいます。相手を助けているつもりが、最後は相手に攻撃されて落ち込みます。

私たちは、無意識のうちにゲームを繰り返してしまうのです。本当に望む人間関係を築くには、ゲームをやめる必要があります。ゲームをやめるには、ゲームという概念を知ること、自分が巻き込まれるゲームや自分が仕掛けてしまうゲームに気づくことです。ゲームという存在を知らないと、同じような人間関係のトラブルが一生続いてしまいます。

ゲームについて詳しく知りたい方は、拙著『ストレス体質を卒業し「生きづらさ」を手放す法』(同文館)を読んでいただくか、筆者が主宰するチャイルドメンタルトレーナー講座(http://kodomo-c.jp/)を参照してください。

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