【連載】いつからいつまで特別支援 第15回「個別指導計画」誕生秘話(その⑤)

臨床心理学士 池田敬史

 

ホテルのラウンジのカフェテリアで3時間に及ぶ「ブレインストーミング」。決して、それだけではありませんでしたが、私たちは「個別指導計画」のコンセプトをこんなイメージで捉え、全都の特別支援学校に発信しました。

一つひとつの、一人ひとりの子供の個別指導計画を1本の柱のように積み上げていって、一つひとつの教科・領域の全体のものができあがっていくような感じなのだろうと。それが1本なら個別だけれど、課題の近い子供たちが2人、3人集まればグループになるし、学級や学年になっていくのだろう。

どんな集団であっても、必ず一人ひとりのニーズに応じた指導計画というのが厳然としていなければいけない。そして、内容はアバウトであってはいけないというコンセプトにしました。

さらに、教育課程編成についても、いわゆる個々の子供の診断、実態把握があって、それに基づいて課題や教育目標を設定します。さらに私たちは、保護者の要望を加えました。当時、医学界を中心に「インフォームドコンセント」という言葉がよく語られた時代でした。子供の教育について、保護者の要望を取り入れ、それに応える「個別指導計画」を作り、説明責任も果たそうというものです。そこから指導の内容や方法、授業の形態とか教材、教具も工夫しましょう。評価の観点や方法も入れ、加えて、必要な関係機関からの情報やサポートも考えていきます。ですから、もはや教育支援計画型になってきているということだと思います。それで地域での生活全般も含めた形で、生活スキル、着替えや排せつ、登下校や移動などの力を積み上げていって、最終的には社会自立に必要な総合的な力になっていきます。

そして、その力は国語や算数、社会、理科というふうに区分けするのではなくて、トータルの人間として総合的な生きる力がつくようにもっていくのが個別指導計画である、といった思考の流れであり、理念であるということに力を入れました。

実は私自身は、「個別指導計画」の「指導」という言葉に、ややこだわりがありました。その当時は、「新しい学力観」の時代です。平成の時代に入ると、指導に代わり、支援という言葉がたくさん増えてきました。学習指導案にも支援の方法などの記述が見られるようになっていました。研究団体の中には、「教室」を「学室」と呼ぼうなどの主張も見られました。

そのような時代背景から、「個別支援計画」が良いといった考えも浮上してきました。しかし、やはり指導があって、その指導の方法や形態に支援があるということで、個別指導計画としました。

今になって、あらためて考えると、近い将来には、教育支援の方向にスライドしていくのだろうなという思いがあったようです。平成9年1月に完成した、「個別指導計画Q&A」には、縦にサブタイトルとして、「生きる力を育む個人別学習支援の方途」と書きこみを入れました。それほど時を経ずに予感が的中したのは、私にとっては、うれしいことでもありました。

あなたへのお薦め

 
特集