【連載】「いじめ問題」の解剖学 第17回 いじめ被害者の世界⑥

立教大学文学部教授 北澤毅

 

私のいじめられ日記(4)

怜の場合、〈クラスのなかの孤独〉を感じつつも、さらに内向していくのではなく、苦痛や悲しみは怒りへと転化し、担任教師や学校批判へと向かっていく。

日記には、「いじめ問題」に適切に向きあおうとしない担任教師や学校への痛烈な批判がつづられているが、ここまで大胆な批判が可能なのは、両親の全面的な理解と協力があったからに違いない。

しかし、ここで着目したいのは、両親という強力な理解者に支えられていた怜のような中学生であっても、「自死」への回路を内包した「いじめ言説」に囚われていたという事実の持つ重みである。

〇「いじめ言説」と自死への回路

本書のなかで、父も娘も「いじめ」と「自殺」を結びつけることで「いじめ問題」の深刻さを繰り返し語っているが、ここでは怜本人の言葉に注目したい。

最初に死に言及しているのは、「いじめ」に気づいてから10日後の2月22日である。

「私は救われたけど、このようにいじめられて死ぬ人がいる。自分の命を絶つ人がいる。その人たちに叫びたい。立ちあがろうと叫びたい」(72ページ)と書いている。

さらに3月6日には、「あの3人は、上野先生は、校長先生は、もしも、もしも私がこのことで死んだら、死んでいたら、どうするつもりですか」という問いかけから始まり、「私は死なない。戦う。絶対戦う」(81~82ページ)と力強く宣言している。

その後も、不登校を始める3月16日、そして新年度になってからの4月14日にも自死問題に言及しており、「死」が執拗にまとわりついているように思われてならない。

ここで問いたいのは、「私は救われた」と書いていながら、なぜ繰り返し「自死」問題に言及し、わざわざ「私は死なない」などと宣言しているのかということだ。

このように問うと、「それほどまでにいじめが深刻だったからだ」という答えが返ってきそうである。もちろんそのような場合もあるだろう。だが重要なのは、「いじめの深刻度」ではないということを、1996年1月に発生した「態度のいじめ」を動機とした自殺事件を事例にすでに論じておいた(連載第4回)。

怜の場合、両親の理解に支えられていたからこそ、いじめられた屈辱や悲しみを他者への怒りに転じ外部へ表出することで自分を保つことができたともいえるだろう。しかし、そうであるにもかかわらず、繰り返し自死問題に言及し続けているという事実のなかに、いじめ被害者が「いじめ言説」に囚われ翻弄されていく姿がはっきりと見てとれるのではないか。だとすれば、自分の苦しみは誰にも理解されないと思い込み孤立感を深めていく子供たちが「自死」へと誘い込まれることがあったとしても不思議ではないだろう。

もちろん、いじめ被害者の主観的世界は、孤独感と自死念慮にのみに支配されているわけではない。しばしば語られるように、「いじめられることは恥ずかしい」と感じてしまうことが他者への相談を難しくし孤立感を深めることに寄与している恐れがある。では、どうしていじめられるのを恥ずかしいと感じてしまうのだろうか。

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