【連載】教育のユニバーサルデザインにチャレンジ 30 授業で育てるソーシャルスキル 1

星槎大学大学院教育学研究科准教授、日本授業UD学会湘南支部顧問 阿部利彦

 

前回まで取り上げてきた「発達が気になる子をからかったり、わざと刺激したりする子たち」は、授業の中で誰かが間違うことに敏感です。人の失敗を楽しむ傾向が強いといえるでしょう。そういう子供たちにとって「相手の立場になる」のは難しいのかもしれません。これは、この連載でも、以前取り上げたキーワードである「他者視点取得」の課題です。

そういう「誰かのミスに期待する」雰囲気があると、学びは深まりません。間違ったり、失敗したり、つまずいたりしたときに、その問題点に注意を払い、次に間違わないために工夫していくことによって、思考は深まっていくのです。脳科学では「できることだけをしていても脳は喜ばない」といわれています。

そして私は「子供の間違いは宝の山である」といつも考えています。

山本良和先生は、算数の授業で誤答に陥りやすいポイントを学級全体で解明していく営みを設定すると、子供の理解がより深まると説いています。これを「誤答の論理」といいます。誤答が現れたからこそ可能となる学びであり、誤答を示した子供を認めることにもなるのです。「誤答を価値づける」ことによって、子供たちが互いの失敗について過度に敏感にならない学級づくりをしたいものです。

また盛山隆雄先生は、算数授業で「間違いを分析するスキル」を身に付けさせることができると述べています。例えば、(1)間違ってしまった友達は何をしたかったのか(2)どこまで合っていて、どこから間違ったのか(3)どこをどう直せばいいのか(4)どんな条件なら正しい考えとするか、その条件は何かなどを皆で検討することにより、問題解決の共有化が図られるのです。

このように、「間違ってしまった相手の気持ちを考えること」や「失敗に冷静に対処するスキル」を学ぶ場として、日常の授業は大変有効な場となりえます。

クラスワイドのソーシャルスキルを取り入れていきたいけれど、わざわざその時間を設定するのは難しい、という意見があります。確かに、多忙な中でそこに取り組むのは厳しいでしょう。しかし、日常の教科指導にSST(ソーシャルスキルトレーニング)的な要素はたくさんあるのです。

日々の授業の中で、間違いに価値を置いた学びの機会を意識的に取り入れると、やわらかな雰囲気のクラス、さらには互いに学び合えるクラスへの成長が大いに期待できるといえるでしょう。

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