【連載】学び合いで実現するアクティブ・ラーニング 第8回 なぜ教委はやってます大合唱

上越教育大学教職大学院教授 西川純

 

キューブラー・ロスは不治の病で死にゆく人との対話によって、人は受け入れがたい事実をどのように受容するかを調べました。第一段階は否認で、事実を受け入れません。具体的には「そんなたいしたことはない」「大丈夫」と深刻に考えないようにします。第二段階は怒りです。事実を無視しようとしますが無視できないと、そのことに対して怒りをぶちまけるのです。第三段階は取り引きで、怒りをぶちまけても状況は悪化するばかりであるのに気づき「こうするか、なんとかして」と懇願し、取り引きする段階です。しかし、取り引きは全て無駄だと気づき、第四段階の抑鬱に移行します。そして、逃げられない現実を受容する第五段階に至ります。

平成27年の夏頃から、私のところに「研修会があったのですが、指導主事の先生から、アクティブ・ラーニングは今までの授業の延長上です。安心してくださいと言われました。本当ですか?」という話を数多く聞きました。

考えてみてください。道徳の教科化に関して「道徳は教科化しても大丈夫です。今の延長上です」と公的な場で話しますか。おそらく「道徳は教科化します。しっかりと対応しましょう」と公的な場で話すはずです。なぜでしょうか。理由は怖くないからです。

道徳が教科化しても、今までの副読本と同じように教科書を使えばいいし、評価も要録を長めに書けばいいと高をくくっているのです。だから、現場もすんなり受け入れられると予想しています。だから、おそらく「道徳は教科化します。しっかりと対応しましょう」と言えます。

ところが、アクティブ・ラーニングに対する文部科学省の施策が広範囲であること、特に、大学入試に縛りをつけている点に、今までに無い施策であるのを感じて、恐ろしいのです。それによって学校現場で混乱が起こったとき、最前線で対応しなければならないのは、地方教育委員会なのです。恐ろしいのは当然です。だから、「否認」しているのです。

やがて「そんなことをやられたら学校現場は混乱する」と怒るでしょう。そして、「この程度のアクティブ・ラーニングで勘弁して」と取り引きをするでしょう。しかし、アクティブ・ラーニングが大学入試、その先の就職に関わることであると気づき、逃げられないと分かれば、抑鬱、受容へ移行します。

具体的には、定年間近な人が首をすくめ、発言しなくなります。一方、これからの教師人生の長い中堅・若手の中にアクティブ・ラーニングを積極的に受け入れ、それを活路としようとする人が生まれ、発言力を持ちます。

地方教育委員会が「今のままで大丈夫です」の段階から次に移行するのはいつだろうか、と見守っています。

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