【連載】いつからいつまで特別支援 第18回「個別指導計画」誕生秘話(その⑧)

臨床心理学士 池田敬史

 

平成9年2月に刊行した「Q&A」ですが、実は、対象を当時の盲学校、ろう学校、肢体不自由養護学校については、重複障がい児に限定しています。知的障がいを伴わない子供たちはこの対象にしていないわけです。それは、普通教育で検定教科書を使い学年に準拠した学習をしている子供たちの個別指導計画を、私たちが提案するということは、普通小学校、普通中学校の教科カリキュラムを個別化すべき、ということを言うに等しいために、そこまでは言及する勇気がなかったということです。

そのため、当時は、重複障がい者だけに留めました。ただし、病弱・虚弱の重複障がい児は、対象の学校・学級がなかったため、病虚弱については、一部、普通教育の教科書を使う子供たちも入れました。病類病種に合わせた指導計画としました。

個別指導計画Q&Aは、その後、東京都の指定刊行物として、現在までにおおむね3万5千部ほど売れているそうです。3万5千人が実際に手に取り、読み、そして活用してくれているのは、感慨深いものがあります。

私たちのアクションを具現化するように、この年の4月に開校した都立あきる野学園では、開校と同時に全児童生徒約120人の個別指導計画を作成しました。

私は、平成17年に3代目の校長として着任しましたが、個別指導計画はすでに、次の時代の課題を先取りするように、保護者、福祉、医療と連携した「個別の支援計画」にグレードアップされ、それに基づいた実践が進みつつありました。

国は既に、平成19年からの特別支援教育の実施を見据え、さまざまな法令や制度の改革・改訂を進めていました。教育基本法が改正され、そして、昭和22年以来、60年ぶりに学校教育法が改正されました。大きな柱の1つが、盲・ろう・養護学校を特別支援学校に改めること。2つ目が、個別の指導計画と個別の教育支援計画を作成することです。

文部科学省では、「個別の指導計画」になっていますが、東京都では、現在でも「個別指導計画」を用いています。個別指導計画Q&Aを作った、2年後に当時の文部省が「個別の指導計画」という方向性を出してきます。Q&A作成当時に文部科学省サイドから、「あまり、ことさら個別指導計画を全面に出すのはいかがなものか」と指導を受けました。東京に先を越された国が、2年後に「の」を入れて差別化を図ってきました。その理由は、一対一指導と区別するためだという説明でした。

以来、東京都は「個別指導計画」を用いています。私たちは先駆者としてのプライドを貫き、現在まで続いているということになります。

改訂された学習指導要領総則の第7配慮すべき事項には、次の記載があります。

「障がいのある児童などについては特別支援学校等の助言、または援助を活用しつつ、例えば、指導についての計画、または家庭や医療、福祉等の業務をおこなう関係機関と連携した支援のための計画を、個別に作成する……」。私たちのアクションプログラムは、10年後に特別支援教育の中核的施策として、わが国のスタンダードとなりました。

あなたへのお薦め

 
特集