【連載】新・探偵がみた学校といじめ 実態を把握するために 第4回 日常的に態度と行動で示し続ける

NPO法人ユース・ガーディアン代表理事 阿部泰尚

 

いじめの調査活動において最も成果を出しやすいのが、ポイントを絞って徹底的に集中調査を実施することである。もう一方で、時間はかかるが継続的に調査と対策を行い、最終的に成果を得るという方法がある。

前者は事前の情報が極めて詳細に得られており、調査時期が適切である必要があるが、後者は時期を選ばず、調査側の都合で手法を決めれば良いというメリットがある。

私が調査を実施する場合には、時期的な優位性と本業が探偵で第三者である優位性をフルに活用する。しかし、調査に入った多くの学校から、いじめの解消まで自分たちでやりたいという意見を聞く場合がある。その際に強く助言するのが、一度や二度の調査で成果が出ないからといってやめてしまうのは尚早で、継続的な調査に大きな意味がある。真実をつかむためには粘り強さが大切なスタンスなのである。

私が経験した調査の中で、いじめの証言が、ある時期から突然取れ始めたことがある。それは、テレビで影響力のある芸能人が、いじめに反対するコメントを放送し始めてからであった。成長段階である児童生徒は、大人よりも外部からの影響を受けやすい部分があるのだろう。

つまり、調査を粘り強く続けていれば、同じ方法や同じ論理であっても、調査を受ける側が外部からの影響により気持ちに変化が生じ、証言を始めるときもある。一度や二度で調査を打ち切るのはパフォーマンスに過ぎないといえる。

いじめをしたことを告白すれば、当然に不利な立場になり、指導の対象ともなる。優位性を保ちたいがためにいじめをしている者は、不利になるようなことは認めない。だから、いじめ加害者が、それを認めないのは当たり前だという前提からスタートする必要がある。人間の欲求に関する諸問題を調査してきた経験からすると、これは当然なのだ。

例として、私がある加害行為をした高校生から話を聞いた際の質問は実にシンプルで、いくつかのいじめと認定できる事実を提示し、「いじめの事実を証明する証拠があるが、それについて認めるか」という質問を積み重ね、その弁解を求めただけである。その結果、この高校生は、弁解の途中で自らの意見が論理破綻していることに気が付き、一転していじめを認め、学校に情状酌量を求めると同時に、被害者側に謝罪する意思を示した。

この高校生にとって謝罪は保身のために行うパフォーマンスに過ぎないが、加害者が頭を下げて謝罪の言葉を口にすることの意味は、被害者にとって大きい。

この場合、質問方法の特殊性は確かにあるが、被害者側が長期戦を覚悟し、主張を一切曲げずに交渉を続けたことも加害者側が行為を認める大きな要因となった。

頻発するいじめ問題に対峙する学校には、日常的にいじめ問題と向き合うのだということを、口当たりのよい言葉や標語だけでなく、態度と行動で示し続けてもらいたい。

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