【連載】学校の「あたりまえ」を考え直す 5 らしい生徒につくりかえる

学校のコスモロジーは、人間という材料が「生徒らしい」生徒に変わることが、かたちによって明徴され続けることを、どこまでも要求する。この、思い通りにならないはずの他人を際限なく思い通りにするかたちは、人間がもはや「自分勝手」な人格権と市民的自由を有する個人(先進国の正気の市民)ではなくなり、「生徒らしい」生徒につくりかえられたことを確証するあかしと感じられる。だから、生徒が生きるあらゆるかたちを、強迫神経症的といってもよい「教育熱心」さで、際限なく学校のものにしようとする。

この記事は購読会員限定です。購読を申し込むと、続きをお読みいただけます。