部活動の在り方を問い直す(6)私が「部活だけ教師」をやめたわけ

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部活動にお金と時間をかけるほど、教え子が勝ち進む様子を見て舞い上がっていたBDK(部活だけ教師)時代は、教師としての本当の姿を忘れていたのだと思う。

当時の私は、ソフトテニス部の顧問として、朝練・放課後練・夜練を行い、生徒のスポーツスキル向上に努め、顧問就任から3年で「県内に敵なし」と言われるまでの選手を育てた。3年連続で中体連ブロック大会に出場させ、全国大会にも監督として出場した。

ゆとり部活(土日完全オフ、平日は週1回休養日を設定)を始めた今、当時を振り返ると、華々しいように見えるその数年間は、生徒を「私の言う通りに動いてくれるロボット」にする作業をしていただけだったのだろうと考える。

転機は4年前。県内トップにまで育て、相手を圧倒して大舞台に立てた感動を私と分かち合った生徒たちが、高校入学と同時にあっさりソフトテニスを辞めていった時である。高校の部活動で、別の競技を喜々として楽しむ「元」生徒たちの姿。私の目には、中学校時代に失った時間を取り戻しているように映った。 子供が生まれ、家族のために時間を使いたいと思い、教師の本当にあるべき姿を考え始めたのもこの頃である。「学校・教師の魂は授業である」と採用試験の面接で高らかに語った自分を思い出した。そして、授業の達人と呼ばれる名物教師の書籍を読みあさり、自身の授業を見直した。

周りの優秀な先生方にも恵まれ、授業を変えることで生徒を変え、生徒を変えることで学校を変えることができた。私たちが授業研究、教材研究を丁寧に行えば、生徒たちに素晴らしい学力を付けさせることができた。その結果は、外部検定試験の数字にも如実に表れていた。

部活動で生徒のスキルを向上させ、授業で学力を向上させる。その両方を経験できた私は、幸せな教師だと思っている。しかし、両方の経験から言えるのは、授業で生徒の力を付けるのは、部活動で結果を出すのに負けないほどの喜びがあるという点である。教師の本業・本務を考えたとき、どちらに取り組むべきかは明らかであると考える。

部活動の過熱に警鐘を鳴らす報道が日々繰り返されている。中教審も動き始め、本格的な議論がようやくなされるようになった。これを機に、教科指導のプロとしての教師のあるべき姿をもう一度考え直してはいかがだろうか。

(藤野悠介)

※本連載は部活動の顧問経験者らによる「部活問題対策プロジェクト」メンバーが、1人1回ずつ担当して寄稿する。