役割演技で深める道徳 ~実感的理解の創造~(1)役割演技から得られる実感的理解

eye-catch_1024-768_hayakawa上越教育大学教授 早川裕隆

「おばあちゃんの喜びは、太郎に親切にされて10になっても、明日になると忘れて0になるように、10と0の繰り返しだ。でも、太郎の喜びは、おばあちゃんと会うたびに、10から15、20…になるけど0には戻らない」。

これは小学校6年生の道徳授業の役割演技で即興的に演じられた認知症のおばあちゃんと太郎の関係を指摘した観客(演じられる場面を見ている演者以外の児童)の指摘である。

即興的に役割を演じる児童
即興的に役割を演じる児童

資料は、認知症のおばあちゃんを気の毒に思った太郎がおばあちゃんを家に誘い、一緒に過ごして心が通じたように感じたが、翌日になるとおばあちゃんは太郎のことをすっかり忘れていた。太郎はおばあちゃんから「おめえ誰だ」と言われてしまうというものである。

児童は始めに、「せめて名前だけは覚えさせたい」と言って、おばあちゃんに親切にする度に「太郎だよ」と自分の名前を連呼した。だが、演じながら自分の演じている役割に違和感を覚えていた。

そのため、演じ終わった後の話し合いで、おばあちゃんを演じた児童から「太郎に親切にされてうれしかったけれど、明日になるとまた忘れてしまうのだろうなと思うと、太郎に済まない」とおばあちゃんの悲しみが語られると、「名前なんて覚えてもらわなくていいから、もう一度やりたい」と切望した。

前述の観客からの指摘は、この後に創造的に演じられた優しい太郎と、親切を心から喜ぶおばあちゃんの役割演技から生じた、道徳的価値の「実感的理解」である。ここには、道徳的価値の理解と生き方についての考えの深まりの融合がある。

▽今まで自分が役割演技だと思っていたものは、偽物だった▽役割演技でしか出てこない意見、感想、考え方があることが分かった▽自分に置き換えて、頭がパンクしそうになるくらい考えていた。演技を見ていて泣きそうになるくらい、実感的に理解した▽役割演技を通して、こんなにも自分の思いや本音を語り、道徳的価値について考えを深めていくのだということが分かった。

これらは、免許更新講習や研修会で行った、筆者が役割演技の監督をした模擬授業を体験した参加者の感想(実感)である。

心理劇を起源とする役割演技は、単なる「技芸」や「演劇表現」とは異なる。このことを前提に、演じられたことを通じて学んだ内容から、道徳的価値の意義などについての考えを深める役割演技の授業の創り方を、次号から明らかにしていく。