「授業再現ノート」で深い学び(7)算数の授業で育むもの

eye-catch_1024-768_arakawa栃木県上三川町立本郷北小学校教諭 荒川 景子

■「学習者主体」の学び

「子供と創る」教師のファシリテーターとしての役割を、どこまで子供に渡せるか、任せられるかを追究している。その鍵は「見通し」にあると考える。

毎時間を「問い」で創ることを考えると、単元全体は、その連続で構成される。単元全体を見通す「問い」を持てれば、つまり単元のゴールが見えれば、これまでの学びの体験を生かして学びの山を目指すことができるのではないか。授業に協働の概念を取り入れるなら、必要な要件である。

導入問題の後、グループで個々の質問をカードに出し尽くし、黒板での単元計画のおおよそを作成する。体験を重ねることで、単元構成の仕組みに気付く。

「学び山」(単元計画)を創ろう
「学び山」(単元計画)を創ろう

「既習とのつながりを考える。既習の方法や内容を活用して新たな学びを得る。それらを生かす。全体を振り返って、まとめや展望を持つ」

これは、新たな概念形成を図る過程であり、「何かを分かるにはどのような過程が必要か」を学んでいることに等しい。

こうした学びに子供とチャレンジし続けることは、日々の授業ノートや再現ノート、単元末のレポートに変化をもたらす。自分が学びの主体だという自分らしさの現れと、「分かる」とはどのような思考追求を経て得られるかを体験的に学べる。たとえ不十分でも、確かに自分があるということに価値がある。

■教師の「メタ意識」

日々の授業で大切にすべきことは、子供は自分で判断して学習に向かっているか、この指示は子供の主体性を育てることにつながるかという、自身の意識に問いかける普段の「メタ意識」である。

「ノートがスカスカ」と嘆いた子供の訴えを真正面から受け止め、「書けない」と頭を抱える子への配慮と共感的に歩む道のりは、まさに、教師の役割であると思うし、他の誰にもできないことだ。

そのとき、その打開策は、自分よりむしろ、子供であったと思い返す。これからも、教育の道筋で訪れるさまざまな不具合や混迷は、本当にためになるの? という子供の問いに心を傾け、共に歩んでいくことで乗り越えたいと思う。それが自分に課せられた生業であると思っている。

つたない発展途上の取り組みを表に出すことは、大変心苦しく思っているが、少しでも、同様の思いで実践を重ねる算数教室に、良くも悪くも、何らかの参考になればと「再現ノート」を中心に振り返ってみた。

お付き合いいただき感謝します。ありがとうございました。

(おわり)