現代リベラルアーツ教育論~熱き心とクールな頭脳を育てる(7)リベラルアーツの効用

eye-catch_1024-768_takeuchi_fin山梨学院大学国際リベラルアーツ学部 学部長補佐/認定NPO法人 Teach for Japanアドバイザー
武内隆明

既に述べたように、私はアメリカン/インターナショナル・スクールなどではなく、普通の都内の私立高校を卒業した。父が厳しかったので、4年間の留学中で一時帰国の許可を得たのは、2年生と3年生の間の夏休みの1カ月間の、たった1回だけだった。当時はLINEもスカイプもなく、国際電話も高額で、郵便も東海岸までは2週間近くかかったので、物理的にも精神的にも、本当に「遠い」異国での留学生活となった。

それだけに、一時帰国した際には高校の同級生から「留学して、何を学んだ?」と頻繁に尋ねられた。当時の私は就職前の20代前後で、「一応、英語も話せるようになり、外国人の友達もできたから、それなりにバイリンガル、バイカルチュラルになったことくらいかな」と答えるのがせいぜいであった。

それから就職して社会人になり、まだ20代半ばを過ぎたころにふと気付いたのが、「自分は意外と交渉力(特に外国人に対して)がある」ということ。思い返して、もちろん、先生や他の生徒との授業での厳しいやり取りは当然として、ルームメイトとの消灯時間の相談や、異性の友達を部屋に呼ぶ場合のルールづくりなど、こまごまとした日々のお願いの「したりされたり」が、経験として生きているのだと分かった。

社会人も十年選手になった私の同僚からの評価は、「泳ぐ(活動をする)のを止めたら死んでしまう回遊魚」だった。この評も、大学時代に毎日リポートや課題、発表の準備に追われ、文献を読みあさって忙しくしていたのが下敷きになっているように思う。

そして50代になった今言えるのは、「ただ、スケジュールをぎっしりと詰めるだけではなく、その中身が、果たして、本当の意味で、少しでも社会に貢献できるものかを自分で吟味してから、思いっきり、それに注力する事で忙しくしている」ということだ。以上の性質はみな、大学の寮生活中に体に刷りこまれた私の「習慣」なのだ。

さらに15年後、70代になったときに、あるいは、技術進歩により、100歳を過ぎて、やっと棺おけに納まる直前に、果たして、どのような新しいリベラルアーツの効用が自分内で再認識でき、また、それを社会に還元できるか、非常に楽しみである。

ただ、今、言えることは、AIやロボットなども含めた技術革新によって、これからますます現在の想像を超えた社会に変革していくのであろうが、自分は、刷り込まれた「習慣」として、その変化に、たとえ100%ついていけなくても、少なくとも柔軟に受け入れるタフな心と、適度に切り替えられるクールな頭を、既に兼ね備えている自信を持っている。

その自信を得るためにかいくぐった原体験を正直にご紹介させていただきたい。

実際、外資系金融会社でそれなりの地位を得、ベンチャー企業で成功し、自分でもびっくりするほどの高い収入を得た時期もあった。しかし、その後、それと正反対に、客観的に公私共に極めて逆境の時期もあった。そこで身に染みて学んだのは、地位や年収などと、「幸せ」とは全く別のものだということだ。それを年を重ねるに従い、ジワジワと気付かせてくれたのは、少なくとも私にとってはリベラルアーツの効用だったと確信している。

後日述べるが、「幸せ」とは、他人との比較から生じる相対的なものではない。自分の鍛錬された心の中に生まれる、絶対的な価値観なのだと。

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