学びから創るコミュニティ(6)良き人生のための教育

eye-catch_1024-768_yamazakiコミュニティデザイナー 山崎 亮

教育について考えると、私の場合はいつも人生について考えることにつながる。われわれはどう生きていきたいのか。このことから逆算して教育を考えたくなるのである。

仮に20歳から65歳まで週に5日間、1日8時間ほど働くとすると、合計は10万時間になる。この10万時間に求められるのは、効率的、効果的、経済的、緻密、正確、迅速という具合だ。「仕事ができる人」を求められるのだといえよう。偏差値に代表される学校教育では、これらができるようになることが求められる。

秋田市で携わった「2240歳スタイル」は、健康で楽しく生きる高齢者の秘訣を、住民参加型の調査で明らかにするというもの。若い住民たちが発見したことは、▽お礼をする▽自分から声をかける▽年の差のある友達を持つ▽来るものを拒まない――など、人生の最初期に重視された「偏差値が高いこと」とは無縁の要素ばかりだった。
秋田市で携わった「2240歳スタイル」は、健康で楽しく生きる高齢者の秘訣を、住民参加型の調査で明らかにするというもの。若い住民たちが発見したことは、▽お礼をする▽自分から声をかける▽年の差のある友達を持つ▽来るものを拒まない――など、人生の最初期に重視された「偏差値が高いこと」とは無縁の要素ばかりだった。

われわれの人生は労働の10万時間だけでできているわけではない。起きている時間は毎日、もう8時間ある。これは1人、あるいは家族や友人と過ごす時間だ。こちらも65歳までに10万時間ある。

この時間に求められるのは、効率的、効果的、経済的などの類ではない場合が多い。むしろ、好きなことを見つける、楽しむ、熱中する、共感する、助け合うなどが大切になる。

これらは、労働の10万時間にもある程度求められる。人工知能によって効率的、効果的、経済的、緻密、正確、迅速な仕事が達成される時代の人間の労働には、むしろ人間の最も人間らしい部分が大切になる。

さらに65歳以降にもまた時間がある。仮に90歳まで生きるとすれば、1日16時間が1人、あるいは家族や友人と過ごす時間となる。実はこれも合計すると10万時間になる。この10万時間に大切となることもまた、人間らしい部分だといえよう。できれば健康で楽しく長生きしたいものだが、それを効率的、緻密、迅速に成し遂げたいとは思わない。「効率的な人生だった」とつぶやいてあの世へ旅立ちたいとも思わない。

20歳以降の幸せな人生において大切なことを学ぶために、20歳ごろまで教育を受けるのだとしたら、われわれが学ぶべきことは主要5教科に限定できるわけがない。もちろん、学校教育に限定されるはずもない。加えて、20歳までに限定されるべきでもない。

仮に20歳まで偏差値偏重型の教育を受けてきたのだとしても、生涯学習の機会を使って成人後に別のことを学び続けることはできる。地域で仲間と共に活動して学べることもたくさんある。会社とは別の役割を手に入れることができるし、老後も地域の役に立つことができる。社会参加を続けることができる。

これは健康で長生きの秘訣でもある。

「効率的な人生」ではなく「充実した人生」のために、教育が果たすべき役割は大きい。