現代リベラルアーツ教育論~熱き心とクールな頭脳を育てる(10)リベラルアーツ教育への期待

eye-catch_1024-768_takeuchi_fin山梨学院大学国際リベラルアーツ学部 学部長補佐/認定NPO法人 Teach for Japanアドバイザー
武内隆明

最後に今後の激動の社会ならではの、リベラルアーツ教育への期待を述べたい。リベラルアーツの卒業生の特徴は、「初めて」に挑戦し、成功したパイオニアが多いことである(注)。

近年は急速な技術発展により、世界の最先端の知識や技術は一瞬でシェア可能になった。今、世界は日進月歩どころか秒進分走(?)くらいの勢いで、秒を追うごとにアップデートされている。大学1年生で覚えた知識は、4年後に卒業するときには陳腐化している。知識の確認は、進化し続けるAIやロボットに任せ、「熱き」心と「クール」な頭を兼ね備えた「人間」の育成をこそするべきだ。

資産額や地位といった、相対的な基準では計れない自分の価値を認識し、ある意味、東洋的でもある「足る」を知り得たときこそ、「幸せ」を感じることが可能となる。そのような「やりがいのある」人生こそ、本当の「豊かさ」に満ちているのではなかろうか。

特に、旧制高校という素晴らしい文化的基盤もあり、今回の平昌冬季五輪で世界のトップアスリートと競っても13個のメダルを獲得できた日本だからこそ、直近の「失われた20年」の後の、現在の直面している緊迫した国際情勢下、なんとか枠にとらわれない「自由」な発想で、世界平和に貢献できる若者が輩出されることを切望する。

そのためには、挑戦を奨励する教員と、失敗を恐れない生徒の輩出が必要不可欠だ。まずは先生も生徒も、ワクワクと夢中になれることを探してみるのが第一歩かもしれない。そのお役に立てるのが、幅広い知恵を効率よく一生使えるように体に刷り込ませ、「習慣化」させるリベラルアーツ教育だ。

米国では、4年間のリベラルアーツ教育で幅広い分野に触れて原体験を積んだ卒業生が大学院に進学し、それから専門知識を深める潮流が当たり前になってきている。

前回の「著名な卒業生」も、ほとんどしかりである。それゆえに、少なくとも大学を卒業するまでは、「リベラル」つまり「自由に」自分がワクワクする分野に幅広く挑戦し続け、発見したり、あるいは作り出したりする環境と時間が、人生においては必要なのだ。同じ専攻分野に限定されない、お互い切磋琢磨した一生涯の友達との巡り合いもしかりである。

これらと併せて、これからさらに長寿になるであろう「人生」において、ポジティブな社会的インパクトを発揮するのは、どの時代、どの文化でも通用する「熱き」心と「クール」な頭を兼ね備えた、「リベラル(自由な)アーツ(人間が創造した学問)」の効用だと確信する次第である。

最近、日本でも封切られた映画のモデルでもある、19世紀半ばの米国でどん底から富と名声を何度も築いたP・T・バーナムいわく、「最も崇高な芸術(アーツ)とは、人を幸せにすること」である。

そして「幸せ」とは正反対の苦難を、何世代にも及ぼす「戦争」は、あらゆる人類が可能な限りの「知恵」で、未来永劫、直接的・間接的にも、絶対に避ける努力を継続しなくてはいけないのは言わずもがなである。

(おわり)

注 例えば、ケンブリッジ大学から最初に学位を得た女性の物理学者のキャサリン・ブロジェット(ブリンマー大)や、アジア系アメリカ人初のサンフランシスコ市長のエド・リー(ボードウィン大)、世界で最も古い女性平和団体を設立し、ノーベル平和賞を受賞したエミサー・グリーンボルチ(ブリンマー大)など。