中学校道徳科の授業―道徳的判断力を養う―(5)授業実践 ③「100万回生きたねこ」

修正:eye-catch_togami東京都品川区品川学園 主任教諭 戸上 琢也

「みなさん、幼いころに絵本を読んだり、読み聞かせてもらったりしたことはありますか」と聞くと、ほとんどの生徒が手を挙げる。幼少時代の記憶があまりなくても、好きだった絵本は印象に残っているものだ。

幼少時代に絵本を通して、「これはよいことか、それともいけないこと」「こういうことをすると、こんなふうになるんだ」ということを読みながら考え、学んだのではないだろうか。道徳科の学習も、それと似ている。 ときには、幼いころに読んだ絵本についてもう一度考え、学んでみるのもおもしろいものである。佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』(講談社)を知っているだろうか。100万回も生きては亡くなり、また生きてを繰り返していたねこは、最後に白いねこと出会い、心から愛する。白いねこの死によって、ねこは初めて泣き、そして二度と生き返らなかった――。

授業の導入で、生徒に「この絵本を知っているか」と聞くと、大半の生徒が内容を知っていたり、見聞きしたりしたと答える。自分自身が知っている物語だからこそ、かつ中学生になって絵本を読んで考えるという驚きから、生徒は興味、関心を持つ。

私は、この『100万回生きたねこ』が好きで、担任する学年の授業で必ず取り上げている。共に読んだことのある絵本を教材にして、幼いころを思い浮かべながら語り合う空間も大好きだ。本来の学習は、身近なものに疑問を持ち、それを教材に教師と生徒が車座になって共に考え、語り合うところにある。

絵本の挿絵を一枚、一枚、画像印刷して画用紙に貼り付けたものを、紙芝居形式で範読し、黒板に絵を掲示していく。範読後、隣同士で感想を交流する。「印象に残った場面はどの場面か。それはどうしてか」と語りかけていく。すると、毎回多いのは、▽ねこが初めて泣いて、生き返らなかった場面。100万回生きたのに、どうしてか。幸せならもう一度生きたいと思わないのか▽白いねこと出会った場面。なぜ関心のない白いねこを好きになったのか。今までのねこの生き方が変わったから▽何度も生き返った場面。王様のねこなど、幸せそうなのに満足しなかったのか。なぜねこは一度も泣かなかったのか――などだ。ここから、共通の問いへの追究が始まる。生徒の考えたいという学習欲求が高まる。

もちろん、教師は水先案内人であり指導者であるわけだから、教材を分析し、生徒の反応を予想し、どの場面が出てきても発問できるように用意しておくことが大切である。授業のねらいに迫る発問は欠かせない。次回は、『100万回生きたねこ』の展開について紹介する。