中学校道徳科の授業―道徳的判断力を養う―(6)授業実践③「100万回生きたねこ」(続)

修正:eye-catch_togami東京都品川区品川学園 主任教諭 戸上 琢也

なぜ、100万回も生きたねこが、最後は決して生き返ることはなかったのだろう。

生徒が印象に残った場面から、学級全体で追究していく共通の問いが導き出された。この問いについて、生徒一人一人が考え、3~4人のグループで付せん紙を用いて議論する活動を行った。教師は、各グループの議論に参加し、画用紙に意見をメモしながら、黒板に貼っていく。

あるグループの議論では、次のような生徒同士のやりとりが見られた。

S1:初めて自分以外の人(ねこ)に興味を持てて、白いねこが死んだときにすごいショックを受けたからじゃないかな。

S2:僕もS1さんの意見に共感で、白いねこが亡くなったから生き返る意味がないと思っただろうし、全うしたからだと思う。

S3:それって、今までの人生とは違って、生きる理由を見つけたっていうこと? だから、命を全うできたっていうこと?

S2 そういうことだと思うな。やっぱり、生きる目的がきちんとあるから、人生、命をきちんと全うできるんだと思う。

S4:みんなが思う生きる目的って、このねこでいうと、どういうことなの?

教師も各グループの議論に入り、生徒の意見を吸い上げる
教師も各グループの議論に入り、生徒の意見を吸い上げる

S1:白いねこを大切にし、子ねこたちを立派に育てて、白いねこと支え合って生きることかな。

S3:何か大切にしたいこと、大切にしたいものがあるかどうかっていうことなんだと思う。そのためにがんばることが、もうこれでいいと思えるのかな。

S4:このねこは100万回目にそれを見つけられたってことかぁ。そうすると、私たちは一つの命だし……。

今回、『100万回生きたねこ』では、「生命の尊さ」を狙いに授業を実践した。生徒たちは、「よりよく生きる喜び」の価値を含め、白いねこの死を受けて「生きることの尊さ」に気付いたり、「友情・信頼」の価値にも触れながら「支え合う生命の尊さ」に気付いたりした。「生きる目的」について議論が進み、最終的には、「自分たちは、たった一つの命をどう生きていくか」ということについて考えを深めていった。このように、「生命の尊さ」とを狙いとする価値に対して、多角的な視点(さまざまな立場やさまざまな価値)から考え、「生命の尊さ」の多面性(連続性、有限性などの側面)に気付くことができたと考える。

議論の後は、教師が吸い上げた意見を基に、共感するところや疑問に思うところを全体で討議した。最初から全体討議ができる生徒たちであれば、最初から全体討議に入ってもよい。