世界の教室から 北欧の教育最前線 キャッシュレス時代の算数

北欧の教育に関心を持つ者の交流の場として2004年に始まったのが、われわれ「北欧教育研究会」。研究者や学生だけでなく、主婦、ビジネスパーソンなど、多様なメンバーが集まってファンクラブのような雰囲気で勉強会を重ねてきた。今春、そのメンバーのうち3人が子供連れでスウェーデンのウプサラ大学に赴任したのを機に、この連載を始めることになった。信州大学准教授の林寛平、金沢大学准教授の本所恵、ウプサラ大学客員研究員の中田麗子を中心に、現地の教育、子育て支援など最新ニュースをお伝えする。


■2030年までに現金がなくなる

スウェーデンではキャッシュレス化が急速に進展している。紙幣と硬貨の流通量は5年前に比べて35%減少していて、2030年までには現金が消滅するという予測もある。

中央銀行にあたるスウェーデン国立銀行の調査によると、スーパーなどでの現金による支払いは2010年には全体の40%を占めていたが、16年には15%まで減少している。また、過去1カ月のうちに現金での支払いや預け入れで困った経験があると回答した消費者は97%に上った。

私自身、ウプサラに引っ越して4カ月がたつが、これまで現金を一度も使っていない。スーパーや飲食店では少額でもクレジットカードを使い、友人とのやり取りにはswishという手数料無料の送金アプリを使用している。

①算数の授業風景

15年2月にいち早くマイナス金利政策を始めたスウェーデンでは、銀行の経営が厳しい環境に置かれている。預金には利息がつかず、現金の取り扱いはコストを増やすばかりだ。22万人が住むウプサラでは、すべての銀行がキャッシュフリーになり、現金の預け入れができるATMは市内に2台だけになった。

キャッシュレス社会では財布が軽くなり、スリの心配も減って便利だ。支払いはカードの利用明細に記録されるので、レシートを管理する手間も省け、家計簿をつけるのも簡単になる。何より、お釣りを計算する習慣が無くなった。

■学校もキャッシュフリー

先日、ストックホルム郊外の学校を訪問した時に、ふと気になって現金を使っているかを聞いてみた。

教員らは普段、現金を使う機会はまったくないといい、何人かは空の財布を見せてくれた。スウェーデンの学校では家庭からの集金が原則禁止されている。給食も文房具も、必要なものはすべて公費で賄われる。ただ、例外もいくつかあって、希望する生徒だけで旅行に出掛けたり、パーティーをしたいといったときには、バザーを開いたり、募金を集めたりすることがある。

この学校では今年から、バザーもキャッシュフリーにしたという。子供たちは年齢によって反応が違った。ほとんどの子供たちがswishを知っていたが、低学年は現金を使うことが多いということだった。6年生くらいになると、多くがswishやカードを使うようになり、現金を使う機会が減ってきていると話してくれた。

②現金流通量の変化(出典: スウェーデン国立銀行)
■おはじきセットにクレジットカード登場

これほどキャッシュレス化が進むと、算数でおはじきを使って教えたり、お釣りを計算する問題を解いたりする必要が無くなるのではないか。驚いたことに、最近、おはじきセットの中にクレジットカードが登場したそうだ。

スウェーデンの学校では、ずいぶん前から算数の授業で電卓やタブレットを使っているため、おはじきセットにクレジットカードが入っていても違和感はないのだろう。こうなると、おはじきセットにスマートフォン(swish)が加わるのも時間の問題かもしれない。その場合、算数の要素はどこに残るのだろうか。

スウェーデンはナショナルテストでも電卓の利用が許されている。「手計算や筆算をしっかり教えないから、内容が高度になるにしたがって数学嫌いが増えて、成績も振るわないのだ」と主張する教員もいる。

一方で、「問題を解決することが重要で、手段を目的にしてはいけない」と主張する教員もいる。おはじきセットの変化は、具体から抽象へという教授学の前提を問い返している。

かつて学校は新しい技術を地域に先駆けて教える場だったが、昨今は社会に取り残されて歴史博物館のようになっているという批判がある。スウェーデンは国を挙げてデジタル化に努めているが、学校が先進技術の発信拠点となり、新しい世代を育てていこうとする姿勢は学ぶところが多い。

(林寛平=はやし・かんぺい、信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)