探究の学校をつくる~京都市立堀川高校の改革を振り返る(1) 自分で学ぶ生徒を育てたい

大谷大学教授 荒瀬克己

兆(きざ)し。明鏡国語辞典には「物事が起こり始まろうとする気配。兆候」。芽生えの意があり、「萌し」とも書く。平成11年は1999年だ。1と9が3つずつ並ぶ。これは、よいことの「きざし」に違いない。そう信じることにした。

京都市立堀川高校は、この年の2月に新校舎を竣工(しゅんこう)した。4月から普通科に加えて、人間探究科と自然探究科を新設し、新しい堀川が始まった。

教育活動の軸は「探究」。試行錯誤を始めて3年、構想期から少なくとも6年がかりの取り組みが日の目を見ようとしていたが、むしろ怖さのほうが強かった。自信はなく、できることなら逃げ出したかった。互いを鼓舞するために言い合った「失敗したら京都に住めない」という言葉が現実味を帯びる。

ミッションは大きく2つ。後に「あえて二兎(にと)を追え」と生徒たちに語るのだが、これは堀川高校改革の合言葉だ。生徒にとって面白い学びを実現する。生徒が希望する進路を実現できるようにするとの願いを込めた。

京都では、公立高校からは大学に入れないという批判が強かった。一方で、大学に入るだけが高校教育ではない、教育の本質を追究せよという指摘も厳しかった。

面白い学びを経験すれば、生徒は自ら学ぼうとし、学びをさらに深めるため、自分で進路を展望し、その実現に向けて努力を重ねるはずだ。「二兎(にと)」は、別物ではなく、つながっている。

学びを通して生徒の学習意欲を引き出す学校を作る。それは、自分の子供が行きたいと思う学校、自分の子供を行かせたいと思う学校だ。「好きなことをしていて大学に受かるって。そんなに簡単か」。冷笑が聞こえてきた。どうすればよいか悩んだ。仲間たちと遅くまで話し合った。どんな「しかけ」が必要か。毎時間の授業はどうか。そもそも生徒は何を面白いと感じているのか。

そんな中で、「すべては君の『知りたい』から始まる」というメッセージができ上がった。パンフレットに返信用はがきを付け、中学生に「知りたい」ことを尋ねた。

新聞に「何をしたいか生徒に尋ねないと分からないとは」と書かれた。それではっきりと分かった。生徒に問いかける学校は珍しいのだ。教えるだけでなく、どうなのかと問う学校。文字通り、生徒を主役にする学校。やはりこれを目指そう。ここからまた悪戦苦闘の毎日が続いた。