漫才づくりが教育を変える(2)笑育のカリキュラム

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

笑育のカリキュラムは目的や発達段階に応じさまざまで、1日で完結するものから数カ月に及ぶものまで用意されている。対象は保育園児から社会人までと幅広いのだが、本連載では、特に教職志望者を対象とした笑育(東京理科大学で実施)について紹介してゆく。

本講座では全8~9回(1回90分)の授業の中で、プロの漫才師の指導の下、3分間の漫才を完成させることが課題となる。筆者は授業の進行をしつつ、漫才師たちの言葉を教職の文脈に置き換え、その意義を解説する役割を担っている。最終回の授業で漫才大会(理-1グランプリ)を開催し、審査員は松竹芸能所属の漫才師が務める。優勝コンビにはプロの芸人と共に新宿角座の舞台に立つチャンスが与えられる。

東京理科大学では2016年度に笑育を始め、現在までに5期が終了。各期20人程度が受講してきた。授業前に実施したアンケートには「模擬授業の際、手が震えてしまう」といった言葉が並ぶ。人前に立つのが苦手でコミュニケーション能力に自信がない。そもそも漫才などほとんど見たことがなく、お笑い自体にも興味がない。そんな学生たちが、くじでほぼ初対面の相手とコンビを組み、約1カ月かけて漫才をつくる。

「理-1グランプリ」の優勝コンビはプロの舞台にも立てる

筆者は「毎回バンジージャンプを飛ぶつもりで参加してほしい」と呼び掛けている。心の準備は必要なく、つべこべ言わずに飛んでみる。漫才師たちの存在が命綱となる。どれだけ失敗しても彼らが必ずフォローに入り、成長へのヒントを与えてくれる。

毎回の授業の中で学生たちは劇的に変化してゆく。笑育を経て一皮も二皮もむけた学生たちは、そこで得たことを授業づくりに生かし、教育実習を成功させている。

漫才づくりに当たって、学生たちは方法論を一から学ぶ。まずは漫才師のネタを生で体感した後、ネタに内在している伏線や見えざる配慮の在りかを理解し、ネタの構造を把握する。目線をどこに置くか、声を相手に届けるにはどうすればよいかなど、舞台上でのパフォーマンスに関するさまざまなポイントも示される。

だが、そうしたテクニカルな問題以上に重要となるのが、ネタづくりやパフォーマンスに臨む上での基本姿勢である。他者への敬意を前提とした言葉への配慮。笑いと向き合うためにはそれを忘れてはならない。芸人たちは言葉が他者を傷付ける刃(やいば)になることを痛いほど分かっており、「他人を見くだし、陥れて笑いを取ろうとするような性格の悪い芸人はすぐに消えてゆく」と口をそろえて言う。笑育は、他者の魅力を引き出す笑いを目指すものであり、この点は道徳教育の根幹とも結び付く。