漫才づくりが教育を変える(3)個性を絶対値で捉える

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

舞台上での漫才師たちの持ち時間はたったの数分。その限られた時間の中で観客にインパクトを与えねばならない。では、どのような工夫をしているのか。

インタビューの結果、彼らは「ギャップ」「誇張」「偏愛」の三つの要素を取り入れて自己アピールをしていることが明らかになった。見た目の印象からは想像のつかない自分を開示する(ギャップ)。自分の好みや特徴を拡大して他者に提示する(誇張)。好きなものについてマニアックに語る(偏愛)。これらの要素を取り込めば、たとえ名前を覚えてもらえなかったとしても「○○の人」として観客の脳裏に焼き付く。

笑育でもこのポイントを押さえて参加者全員が30秒で自己紹介をする。「座っているハトが好き」「実は社交ダンス部」など、どんな人からも必ずキラーワードが飛び出すことに感心してしまう。

東京理科大での「笑育」授業

上記の3要素を貫いているのは個性を「絶対値」で捉える芸人固有の価値観である。個性はゼロからの距離で測られ、その値が大きいほど評価される。見た目(ゼロ)からのギャップは大きいほどよい。外見の印象を誇張し、意図的に絶対値を拡大する。好きなものは他人が引いてしまうほど好きになる。ゆえに芸人の世界ではしばしば価値の転倒が起こる。プラス50とマイナス100では、後者に価値が置かれる。人並みの歌唱力を有している人より、絶望的なオンチの方が歓迎されるのだ。

こうした価値観の下では、短所は直ちに改善されるべきものとはならない。むしろ、絶対値が大きければ短所は強みとなり、長所と同程度に愛される個性となる。滑舌が悪い、太っているなど、コンプレックスとなり得る特徴も芸人の世界では武器となるのだ。

もちろん、そこは特殊な世界であって、彼らの価値観は一般社会では受け入れ難いようにも思われる。だが、個性を絶対値で捉える人間観の前提に目を向けるならば、豊かな世界が開かれてくる。芸人の価値観は、人間存在の多様性を受け入れてゆく態度へと通じているのだ。漫才ではコンビの相方の個性を見極め、互いの個性を引き出し合うことが求められる。どちらか一方のみ目立つのでは、二人でする意味がない。互いの長所だけでなく短所も理解した上でいかに相手の個性を引き出せるかが問われる。もちろん、短所に触れる場合は十分な配慮が必要であり、相方への敬意が前提条件となる。

受講者は「どうすれば短所も含めたその人自身の魅力を観客に伝えられるか」をコンビで考え抜いてゆく。漫才づくりを通じて、相手の短所を否定するのでも打ち消すのでもなく、絶対値の尺度で捉え、ひとつの魅力として受け取る他者理解のセンスが磨かれてゆく。

 

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