部活動の在り方を問い直す2 (3)なぜ教師は部活に関わるか


スポーツ庁から今年3月、「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」が出た。

ガイドラインでは、活動時間を制限する方針が示されているが、地域や学校で戸惑いもみられる。戸惑いの背景には、活動時間を制限して「子供に何を経験させたいのか」十分に読み取れないことがある。

通常、学校の教育活動では、時間と教育内容がセットで示されている。

例えば、授業ならば、学習指導要領の中で、週3時間の「体育」の時間が設定されると、何を経験させるのかも示される。当然ながら、時間を減らす際は、学習内容も精選される。

一方、今回のガイドラインでは、過去の部活動の教育内容の問題や、そこから何を精選したのかが、具体的に示されていない。

部活動の教育内容を設定する上で、教師の有する専門性の観点が重要になる。部活動に教育内容があったとしても、教師の専門性と関連付けられなければ、学校での実施はできない。

反対に、教師でないと指導できない教育内容を持つのならば、その専門性が発揮できる条件整備を教育行政で進める必要がある。

ちなみに、これまでの教育課程論の知見を踏まえると、学校の教育活動は大きく授業と教科外活動に分けられる。

授業で教師は子供を文化や科学に向かわせ、知識や技能を習得させる。

教科外活動では、生活や集団の課題に向かわせる中で、思想や行動の形成を目指している。教師は、そんな指導の専門性を持っている。

そのため、部活動を教育課程の延長に置き、文化や科学の課題を自治的・集団的に解決する場として位置付けるのならば、教師は部活動に関わることができる。

反対に、そこから外れるような内容や指導は学校で実施する根拠が弱くなる。トップ・アスリートの養成がその一例である。

このような教師の専門性の観点から議論を深めることが、これからの部活動に必要なのではないだろうか。

1997年にも、部活動に関するガイドラインが出たが、無視されてきた経緯がある。当時は学習指導要領に部活動の記述がなく、教師の専門性に関する議論も低調にならざるを得なかった。

私には、昨今の教師の勤務時間に焦点化した議論が、当時と同じ道を歩んでいるように思えてならない。

(宮城教育大学准教授・神谷拓)