漫才づくりが教育を変える(5)盲点の窓から仁を探る

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

われわれはどのようにして自らの仁(にん)を知ることができるのであろうか。今回は笑育で行っている実践のうち、道徳の授業内でも活用できるワークを紹介したい。

仁を知るヒントは漫才師へのインタビューの中にあった。彼らからは、先輩芸人による指摘をきっかけに仁が引き出されたという話をしばしば耳にする。仁は他者によって見抜かれることもあり、むしろ自分では気付きにくいものなのかもしれない。漫才コンビ、オジンオズボーンを例にとろう。

ボケ担当の篠宮暁は、20代はイケメンで売っていたのだが、30歳を迎える頃、自らの強みが分からなくなりスランプに陥ったことがあったという。そんな中、飲み会の席で他事務所の先輩から「ダジャレで笑いをとっている篠宮が面白い」と指摘され、その言葉をきっかけとして芸風を変え、新しい漫才のスタイルを確立していった。結果、彼らは見事、漫才日本一を決める大会(THE MANZAI)で決勝進出を果たした。彼らに限らず、他者の指摘によって仁が発見されたと語る芸人は多い。

「他人から見た自分」を通して自己と向き合う

他者からのまなざしを一つのヒントにして仁を発見すべく、笑育では「ジョハリの窓」を活用している。ジョハリの窓は心理学者ジョセフ・ルフトとハリー・インガムが発表したモデルであり▽開放の窓(自分も他人も知っている自分)▽盲点の窓(自分は知らないが他人が知っている自分)▽秘密の窓(自分は知っているが他人は知らない自分)▽未知の窓(自分も他人も知らない自分)――の四つの窓から構成される。

笑育では、そのうちの開放の窓と盲点の窓に絞ってグループワークを行っている。他者の目に映る自分を手掛かりにして、盲点の窓を開き、自らの仁を発見することが目指される。

参加者は4~5人のグループに分かれ、グループごとに互いの印象を発表し合う。「猫を飼っていそう」「一人っ子っぽい」などさまざまな印象が飛び交う。言われた本人は、当てはまっていれば開放の窓へ、当てはまっていなければ盲点の窓へと振り分けてゆく。

このワークを行って以来、盲点の窓が空欄のままの受講者に出会ったことがない。多かれ少なかれ、自覚できていない自己と向き合うこととなるのである。われわれは、自分のことは自分自身が一番よく理解していると考えがちであるが、他者の目を介在させて仁を発見するというアプローチも自己認識に際して極めて有効なのである。漫才づくりにおいても、他者から見られた自分を一つの手掛かりにして、それを基軸にネタ作りを行う学生は多い。

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