漫才づくりが教育を変える(8)空気を察し、空気を変える

東京理科大学教職教育センター准教授 井藤 元

漫才師たちは舞台上で絶えず軌道修正を行っている。彼らの本能的ともいえる「場の空気」への鋭敏さには目を見張るものがある。彼らは高いプレゼンテーション能力を身に付けているが、それは単に「話術にたけている」ことだけを意味するのではない。出番前には舞台袖から客席の様子を探り、舞台上では客の反応を見ながら空気を察し、都度対応してゆく。アウェーの空気を感じ取り、「客席が重い」とみれば、まずは場を温めることに全力を注ぐ。「重たい空気を放置したままでは笑いは生まれない。状況に応じてツカミの時間を長く確保し、ウケやすい空気に変えてから本題に入ることもある」。彼らは空気を察する高性能のセンサーを備えており、同時にその空気を変えてゆく力を併せ持っている。

実のところ、勝負は開演前から始まっている。例えば、劇場での観客の座り方によってもウケ方が変わってきてしまう。「仮に観客の数が同じ場合、観客がまばらに点在しているのと前列から隙間を空けずに座っているのとでは、同じネタをやってもウケ方が異なる」という。後者の方が圧倒的に望ましいのだ。客同士の距離が近いため笑いが連鎖し、かつ演者と観客の間で一体感も生まれやすい。劇場スタッフは前から詰めて座るよう、観客を誘導する。

また、登場時の冒頭30秒(ツカミ)は漫才師たちにとって最も大切な時間だ。その短い時間にあの手この手で空気を味方につけるための工夫がなされる。できるだけ早い段階で一つ目の笑いをとる、ネタの冒頭で多くの人が共感を抱くような話をして観客の意識を向けさせる、などは常とう手段だ。

「空気を操る者」に人は自然と引き付けられる

ネタの最中も空気を察知しながらセリフのタイミングが計られる。象徴的なのが「笑い待ち」である。これは観客が笑い声を発している間、演者が次のせりふを言わずに待つことを意味する。笑い声と演者のセリフが重なってしまうと、演者の言葉がうまく聞き取れなくなるからである。時間にして数秒。空気を感じて、次のセリフを発する。そのわずかな時間がとても重要なのだ。

アクティブ・ラーニングが推進される教育の現状において、教師には教室の空気をリアルタイムで察する力がこれまで以上に求められている。予定調和の授業とは異なり、アクティブ・ラーニングにおいては、児童生徒を学びへといざなう空気づくり(場づくり)が特に重要となる。先に述べた漫才師が日々留意している事柄は、授業に際して教師が意識すべきことでもあるだろう。空気を操り、空気を味方につける。その技術を彼らから学びたい。