世界の教室から 北欧の教育最前線(9)敬称改革(Du-reformen) 先生に「やあ、モニカ!」

教師をファーストネームで呼び捨てる慣習

スウェーデンの学校では、幼稚園から大学まで、どんな先生に対しても敬称はつけず、ファミリーネーム(姓)でなくファーストネーム(名)で呼び捨てにする。保護者も、子供も、同僚同士でもそうだ。いまでは気にも留めずにこの習慣に従っているが、背景には歴史と思想があった。

学生運動の遺産

発端は1960年代末の学生運動にさかのぼる。フランスで火が付いた大学民主化運動は、ベトナム反戦運動やプラハの春事件と呼応しながら、世界規模の反権力運動へと発展していった。

熱気はスウェーデンにも及んだ。1968年にはパリの「五月革命」に触発されて、ストックホルム大学の学生組合占拠事件が発生した。争点は政府が5月に提出した大学改革案(UKAS)だった。学部を3年制にそろえ、学生が選択できる授業の幅を狭め、単位不足の学生は退学させようとする改革だった。

戦後のベビーブーム世代による高等教育の急速なニーズ拡大に応えるために、より多くの学生を受け入れ、なるべく早く卒業してもらうための案だった。学生側はこれをトップダウンの大学管理だとして反発した。学生側の求めに応じて、オロフ・パルメ教育大臣(のちに首相)が学生との公開討論に応じた。

大臣は壇上に立つと「君たちも社会改革の主役だが、君たちは社会全体を代表しているわけではない。変革を熱く語っている君たちが、大学改革だけは反対するとしたら、それはエリート主義的な発想ではないか」と学生側を批判した。この中で、大臣が「社会」という単語を使うと、フロアの学生から「どの社会のことだ? お前と財閥のか?」とやじが入った。大臣はこれに対して、「それは私たちが作っていく社会だよ。暴力を排し、自由選挙で社会問題を解決する民主的な社会だ」と力強く応えた。

占拠は4日間に及び、空腹に耐えかねた学生たちが自ら建物を明け渡すことによって、非暴力で決着を見た。この事件にかかわった多くの若者が、後に政治の舞台で活躍している。

「敬称改革」(Du-reformen)

学生運動と同時期に、反権力の考え方に賛同する市民の間で「敬称改革」(Du-reformen)が起こった。「改革」といっても法律で決められた制度的なことではなく、賛同する人の輪が自然と広がっていった現象的なものだった。きっかけは日刊紙が敬称の使い方を変更したり、当時の保険庁長官が職員を「du」と呼び始めたりしたことだった。

スウェーデン語では、英語の「you」にあたる二人称の「あなた」という言い方について、私的な場で近しい友達や子供に対しては「du」を使い、公の場や目上の人に対しては「ni」を使うという言い分けがあった。

「敬称改革」以前は目上の人に「du」を使うのは失礼だと考えられてきたが、反権力運動はこの単語に民主的なイメージを付け加えた。人々が「du」を使うようになると、ファミリーネーム(姓)に「先生」や「教授」といった肩書をつける言い回しも使いにくくなり、あっという間にファーストネーム(名)を呼び捨てる習慣に変わっていった。

かつての「おはようございます、ヨハンソン先生(教授)」といううやうやしい呼び方は、「やあ、モニカ!」といったように、かなりフレンドリーになった。

引き継がれた思想と慣習

子供の支援者役に徹する教師

反権力運動は学校に大きな影響を与えたが、若い教師たちは板挟みになり、大変な思いをした。教師の多くは内心では運動に賛同していたが、生徒や保護者からは権力側とみなされ、自身の権力性を批判された。権力による抑制が効かなくなると、学校の規律は崩れ、いわゆる「教室の荒れ」が全国に広がった。生徒からの暴力はエスカレートし、ついには自殺に追い込まれる教師も出た。

このような危機的な状況を受けて、学校では補助の教員(ティーチング・アシスタント)を配置したり、ティーム・ティーチングを取り入れたりして、一つの教室に複数の大人を配置するようにした。この動きが現在のグループ学習や個別学習につながっている。

北欧の教室を見ると、先生と生徒が対等な立場で学習し、グループでのプロジェクト学習を積極的に取り入れている姿がある。学校民主化運動から半世紀がたち、関わった教師たちは全員退職した。人は入れ替わっても、思想と慣習は引き継がれている。

※本稿の内容をより詳しく知りたい方は、末松・林(2016)『未来をつかむ学級経営: 学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社)、林寛平(2014)「スウェーデンの脱集権化改革がもたらした授業形態の変容―1960年から80年の『活動チーム』の形成と普及に着目して―」『比較教育学研究』48(東信堂)をご参照ください。

(林寛平=はやし・かんぺい、信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)

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