いじめのエビデンス(1)「いじめ経験則」のわな

子どもの発達科学研究所主席研究員 和久田 学

いじめが社会問題化して相当な時間が経過した。しかし、いじめに関わる深刻な事件は続いている。文部科学省の発表からも、いじめが減る様子は全く見られない。こうしてみると、対策は不可能なのではないかと考えたくなる。特に学校現場では、相変わらずいじめ対応の難しさに直面している。

例えば、友達をいじめた子供に指導するのにも困難が伴う。加害をした子供の多くは「遊んでいただけだった」「あんなことで気にする方が悪い」と自己中心的な主張をするだろうし、教師間でさえ指導方法の意見が分かれることもある。

そこに保護者が入ると、さらに事態は混迷を深める。親は親でさまざまな意見がある。「(いじめを受けても)乗り越えることが大切だ」などと言う人も出てくる始末だ。

それにしても、なぜこれほどいじめ対応は難しいのだろうか? 実を言うと、逆説的ではあるが、ほとんどの大人、子供がいじめの経験者であることが対応を難しくしているのである。なぜなら、いじめ経験には多くのバリエーションがあるからだ。担任であるあなたが経験した「いじめ」は、校長の経験した「いじめ」とは違う。親しかり、子供しかりであり、結局「いじめ」という言葉の意味すら、人によって違ってしまう。

自らの経験は実感を伴った貴重なものだ。だから教師も親も子供も、自らの経験に引きずられる。その結果、ある人にとっての「いじめ」は、別の人の「ふざけ」や「遊び」になる。従ってその対応も「我慢すればよい(我慢して何とかなったという経験がある)」になったり、「やり返せばよい(やり返してうまくいったという経験がある)」になったりする。そのため学校の中ですら、対応を統一するのは難しくなる。

ではどうしたらよいのか。科学を使うのだ。

いじめに関する研究は世界的に進んでいる。いじめの特徴、加害者や被害者、傍観者の特徴や予後、効果があった対応・なかった対応など、データに基づいた研究には経験則以上の説得力がある。研究結果から「いじめ」という現象の特徴が明確になり、対応のポイントが見えてくる。科学的な根拠があるから、自信を持って対応できるようにもなる。つまりいじめ対応は、経験則から科学的根拠(エビデンス)のある方法へと変化させる必要があるのだ。

この連載では研究者としての視点から、いじめの捉え方、エビデンスに基づいた対応策を考えていく。