授業で実践 学びのファシリテーション(1)学びの在り方を見直す

ファシリテーター 青木 将幸

日本で初めての会議ファシリテーション事務所を立ち上げて15年になる。「家族会議から国際会議まで」、あらゆる規模・内容の会議進行を請け負う、一風変わった職業だ。年間100回、毎週のようにどこかに出かけ、日本各地の地域、会社、家庭、NPO、企業にお邪魔して、会議や話し合い、ワークショップの進行役をさせてもらっている。

筆者の仕事は、会議や話し合いの場面において、そこにいる全員が参加し、活発な話し合いができるようにお手伝いすることだ。ファシリテーションという言葉は、もともと「容易にする」という意味のfacilitateからきている。「○○を可能にする/しやすくする」と言ってもよい。個々人の持てる能力をいかんなく発揮できるようにしたり、合意形成を促進する関わりをとることもある。

つまり「会議のファシリテーション」が筆者の専門なのだが、最近「学びのファシリテーション」をやってほしいという要望も増えてきた。学校現場や研修の場で、学習者が主体的に学べる場をつくるにはどうしたらいいのか? という質問も多くいただく。

学校で、職員会議や、子供たちのクラス会議のファシリテーションを手伝うことも増えてきた。学校は、特別な文化のある場所だ。他のどの組織とも違った雰囲気がある。小学6年生になる娘がいるので、今年度はPTA会長を拝命することになった。すると、やれ「給食委員会」だの「子供の見守り会議」だの「人権のつどい」だのと、たくさんの会議に出席することになって驚いている(どの会議も古式ゆかしい進め方で、逆に新鮮でもあった)。

少子化で、日本中の小学校が統廃合の波に飲まれつつあるこのご時世に「新しい学校をつくろう!」という動きも出てきている。高知県に開校予定の「とさ自由学校」や、軽井沢(長野県)にできる「風越学園」は、新しい学びの場を創出する意欲的な試みとして注目を集めている。そのいずれにも共通するのが「ファシリテーションができる学校」ではないかと思う。

文科省が掲げる「主体的・対話的で深い学び」を本気で突き詰めて実践しようとするならば、カリキュラムの在り方や、教育手法、校舎や教室のデザイン、教師自身の立ち位置も含めて、「学びの在り方」を大きく見直す必要があるようにも思う。

この連載では「会議のファシリテーション」を専門とする筆者が、「学びのファシリテーション」にチャレンジした経験を振り返りつつ、その可能性について模索する。