授業で実践 学びのファシリテーション(5)宝物は「沈黙」の先に

ファシリテーター 青木 将幸

例示まで終われば、「自分のお困りごとをA4の紙に書いてみよう」と子供たちに呼び掛け、書く時間を取る。様子を見ていると、すぐに書き始める子もいれば、宙をにらんで考え事をする子もいる。

いったん指示を出して、学習者に時間を与える。このとき筆者が大事にしているのは、なるべく余計な口を挟まずに「待つ」ということだ。未熟な教員やファシリテーターは、おおむね「待てない」傾向にある。

かくいう筆者もそうだった。ちょっと戸惑っている子がいたら、すぐに「こういうことを書いてもいいんだよ」「例えばこう書いたら?」と余計な補足をする。しかし多くの場合、それは良い効果をもたらさない。

待てないファシリテーターは、たいてい「沈黙が怖い」と言う。その気持ちをこらえて、できるだけ待ってみたい。筆者は「沈黙は宝物を探しに行く時間だ」と考えるようになった。理由は、ある先輩ファシリテーターに教えてもらった例え話にある。

「皆さんの目の前にクジラがいたとする。哺乳類であるクジラは、海面で大きく息を吸って、たくさん酸素を体内に取り入れて、おもむろに潜る。ぐんぐん潜っていって、海底深くまでたどり着く。すると、海の底の方にすてきな宝箱を見つける。

おお、これだ! と思って、宝箱をくわえて、私たちに見せてあげようと、海面までググーッと浮上してくる。バシャーッと水面まで上がってくるまで待って、ようやく私たちは、海底にある宝箱を見せてもらうことができる。

クジラがぐんぐん潜って、海面に姿を現すまでの時間が『沈黙』だ。そして宝箱こそ、学習者が発言する貴重な意見であり、本音なのだ。だからこそ私たち聞き手は、学習者というクジラが潜っているときは、やいのやいのと声を掛けたりせずに待つといい。そうしないと、せっかくの宝物を見せてもらえないんだよ」

待つべきときに待てなければ、本当のお困りごとなんて聞かせてはもらえない。「授業時間が45分しかない!」という焦りをいったん脇において、真空のごとく待つ。すると、子供たちはしっかりと自分の内側を探索し、それぞれの算数のお困りごとを書き上げてくれる。

ある子供は具体的な数式を書いて「こういうタイプのやつが、いつもこんがらがるので困る」と書いた。また別の子は「そもそも、自分の人生に算数が必要なのか?」という哲学的な問いを書いた。どれも宝物のような「お困りごと」だ。