18歳になる前に―考え、関わる社会の問題(4) 「公共」と特別活動の連携

東京都立高島高校教諭 大畑 方人

民主主義の担い手の育成は学校教育全体の目標である。そのため「公共」を基軸に、他教科や総合的な探究の時間、特別活動との連携を図りながらカリキュラム・マネジメントを行うことは、極めて重要な視点といえる。

例えば、公共の授業で「個人の尊重」「自由・権利と責任・義務」を扱う際には、いわゆる「ブラック校則」や「ブラック部活動」、「危険な組体操」などを題材に、学校の特別活動の問題点を考えさせることができるだろう。

近年、メディアでも取り上げられるようになった、生徒に対する体罰・暴言や「地毛証明」「日焼け止め禁止」などの校則は人権侵害に他ならない。学校が本来果たすべき民主主義教育の放棄といっても過言ではない。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは「学校は子供たちを権力に従順にさせる装置である」と述べたが、現代日本の学校教育も校則や部活動がそのような装置として機能している例がみられる。

このような環境で生活している生徒たちは、反抗心を持つこともあるだろうが、やがて学校や教師から与えられたルールに従った方が楽だという意識を持つようになってしまう。実際に「文句を言っても無駄」といった諦めの声を生徒から聞いたりもする。だとすれば、民主主義の精神を持って主体的に社会参画しようとする市民が育つはずもない。今、学校教育に求められているのは、生徒たちに十分な意見表明の機会を保障し、生徒自身の手で校則や部活動をつくり上げていく経験をさせることではないだろうか。

こうした考えから、筆者の授業では「民主主義」や「人権」を扱う際、生徒たちに実際の学校の課題を挙げてもらった上で、解決策を提案させている。生徒からは部活動の運営や校則の決定にもっと参加させてほしいという意見が多く出る。生徒参加型の授業を増やすべき、体育祭・文化祭などの運営を生徒に任せてほしいといった要望も多い。

もちろん、学校運営の全てを生徒に委ねるわけにはいかないし、教師の指導が必要な場面もある。だが、生徒の成長に応じて、自分の手で学校をつくり上げる経験はさせるべきである。生徒たちはそのような経験を通じて、民主主義の担い手として主体的に社会参画する資質や能力を身に付けていくのだ。