校則にしばられる生徒たち―浮かび上がる学校の歪み(10)理不尽な校則を変えるために

ストップいじめ!ナビ副代表 須永 祐慈

私たちの元には、教師側の「反論」の声も届いた。まず、校則は必要という意見。「校則のある学校を選択したのは生徒自身」「体罰が規制されたからこそ校則が必要になった」「行き過ぎではない校則は絶対必要」――などだ。

しかし、学校を選んだ生徒に責任を帰すならば、少なくとも学校のホームページなどで校則を積極的に公開すべきだ。また、そもそも体罰や体罰に替わる校則・指導は、子供に過度なストレスを与える。問題の根は共通している。

さらに、もとより私たちは「校則の全廃」を目指してはいない。調査に基づき「理不尽」「不適切」な校則や指導を指摘し、議論を起こすことが目的で、子供が安心して学べるよう、学校に新たな風を送りたいと考えている。

「現実は甘くない。学校を守るためには仕方ない」「組織の一員として規則を教えなければ、彼らは卒業後にまっとうに働けない」といった声もあった。これらは主に「教育困難校」の教師からで、ゼロトレランス方式の導入で「荒れ」を収めたとも聞く。

教師の大半も時代に合わせて校則を変えていくべきだと考えている

しかし、厳しい指導がまっとうに働く人を育てるというには根拠が乏しい。ゼロトレランスは根拠がないことがすでに国際的に結論付けられており、むしろその後の自尊感情の低下など、心理的影響が指摘されている。体罰が否定されるように「心理的、環境的圧力」もまた、見直しの議論を始める段階に来ているのではないか。

とはいえ教師も大変だ。「好きで校則指導しているわけではない」「規則を守れと教えることほどつらい仕事はない」など、複雑な心境も寄せられた。

だからといって理不尽な校則指導を容認できるわけではない。校則や指導が厳しい教室空間で萎縮する子供の目線に立てば、指導の意味を根本的に問い直す状況にあるのは明らかだ。

では、どう考えていくか。少し視点を広げて「教師自身のストレスやストレッサー環境要因」に向き合うことも肝心ではないだろうか。情熱や信念を持って生徒に向き合っているという声もあったが、その情熱を教師自身が抱く学校内の理不尽さや違和感にも向けてほしい。教師による日常の環境改善が、校則問題にとどまらない、いじめなど諸問題の解決に導く重要な「てこ」になる。

グラフは、髪染め指導に対する教師の意識だ。「時代に合わせて校則も変わっていくべき」と考える教師は9割を超えている。この数字が確かなら、学校は変わるべきだという認識を教師も子供も持っていることになる。

30年以上議論されてきた校則の問題だからこそ、先送りにせず、私たちの手で改める作業が求められている。

(おわり)