SDGs4.7とこれからの学び~アジアの教育を見つめながら(7)主体的な学習者の育成を妨げるもの

グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)・グローバル教育プロデューサー 木村 大輔

「Let your child grow up」(子供達を成長させましょう)――シンガポールのある小学校の校門にはこのような張り紙がある。弁当や教科書、宿題などの忘れ物を届けにきた親に「どうぞそのまま背を向けてお帰りください」と呼び掛けるものだ。メッセージは「子供は、親がいない間に問題解決や責任の取り方を学ぶ」と続く。小学生の子を持つ私もハッとした。「この子のために」という魔法の言葉の下、日常生活で過保護になっていないかと。

Kuo Chuan Presbyterian Primary Schoolの張り紙

発達段階における支援の必要性は十分に理解している。ただ、家庭や学校で「この子のために」「児童生徒のために」と手取り足取りケアすることが、かえって子供たちが自発的に学び、成長する機会を奪ってしまっていないかと感じるときがある。「お国柄」という言葉で片付けることもできるが、教育に関わる者として、児童生徒を「守るべきもの」と考えるあまり、過保護になっていないか、自問自答したい。

前回も述べたように、リスク計算やインパクト調査、既存の教科学習と関連付けた思考法=ツールを持たない状態で、いきなり課題に飛び込ませるのは無謀だ。探究学習においてもSDGs学習においても、ある程度のきっかけをつくり枠組みを示しながら「何を、どのようにやるのか」、段階を踏ませるプロセスも重要である。同時に、ある程度身に付いたら、自身で考え、定義し、行動するためにあえて突き放す必要もあると感じている。

「子供たちのために」と必要以上に対応した結果、児童生徒がファシリテーターである教師を頼りきってしまう恐れもある。実際、「○○して良いですか」「どうしたらいいですか」と指示待ち、受け身になっている生徒や学生をよく目にする。

また、一歩踏み出せる人とそうではない人がいる。主体性を妨げる障壁となっているものは何だろうか。子供たちを囲むわれわれ大人の接し方、組織の在り方も関係してはいないか。

フィンランドの幼児教育では、子供の自主性を妨げるような親の行動を厳しく制限すると聞く。親の過干渉があると、子供は自分のやっていることが正しいかどうか不安になったり、自分の行動に自信が持てなくなったりして、確認行動が増えるという研究結果もある。これには、学校組織の上下関係の在り方も影響しているのではないかと考えている。

香港大学のチェン・カイミン名誉教授は「今の子供は21世紀を生きていて、学校は20世紀のまま、親の意識は19世紀」と話していた。22世紀を見据えた人生を創っていく子供たちのために、学校は何ができるか考えていきたい。