通常学級における教育のユニバーサルデザイン(8)つまずきを想定した授業のデザイン

星槎大学大学院教授 阿部 利彦

子どもの頃に憧れの先生に出会ったり、学校行事で仲間と協力する楽しさを知ったり、分かることの楽しさを経験したり――。教師になった方の多くは、学校がそういったすてきな場所として心のどこかに存在しているのではないでしょうか。

「分かる」楽しさ、「できる」達成感を何度も味わってきた教師にとって、「分からない」「できない」子どものつらさは想像し難いものです。

しかも「つらい体験があったが、努力して乗り越えてきた」、あるいは「先生の強い指導で追い込まれることで、できるようになった」体験があると、自分が教師になったときに、子どもにも同じことを要求してしまう場合があります。

「分からない」にも度合いがあり、もう少し時間をかければ「分かる」にたどりつけるケースもありますし、先生や仲間にヒントをもらって「分かる」ケースもあります。しかし、どれだけ時間をかけても、ヒントをもらったとしても、問題を解くことができない子どもは確かにいるのです。

読字障害や算数障害など、知的な遅れはなくても学習につまずきのある子どもの「分からない」「できない」の重さは他の子どもと異なります。けれども「見えない障害」と言われているように、彼らのつまずきは努力不足や怠けているせいだと大人は捉えがちです。

例えば国語で「第3場面での〇〇の気持ちを考えてノートに書きましょう」と言ったときに、それができない子どもがいたとします。

同じ「できない」にしても、いろいろな背景を想定することができるでしょう。①指示を聞く難しさ(聴覚情報の保持のつまずき)②書く難しさ(目と手の協応動作や微細運動のつまずき)③他のことに気を取られて集中できない(注意集中のつまずき)④登場人物の気持ちを想像できない(他者視点のつまずき)――などです。

①や②であれば「読み書き、聞く」に関する支援をプラスすることが、③であれば「余計な刺激を減らす」のに加えて「授業をスモールステップ化して飽きさせない工夫」が、④であれば登場人物の気持ちの変化を捉えやすくするために「気持ちの変化の視覚化」が有効でしょう。

その支援を個別に設定するのがよいのか、あるいはクラスの他の子どもたちのためにも授業全体に取り入れるのがよいのか、こうした授業デザインの方向性は、目の前にいる子どもたち一人一人のつまずきを把握することで自然と見えてくるはずです。