【IN-Child(5)】子どもを取り巻く環境の変化と教育

琉球大学教育学部教授 韓 昌完

子どもを取り巻く環境は日々変化している。家族構成や地域関係の変化をはじめ、ICTの発展により情報源の多様化(検索エンジンや動画配信サイト、SNSなどのネット中心社会)、VRやARといった新感覚ゲームの登場、AIによる作業の自動化が進んだ。携帯アプリも多様で、端末ひとつで日常のほとんどのことを実行できる。

また、生物学的には120歳まで生きることが可能と言う学者もいる。今の50代、60代が生きてきた社会は80歳で長寿とされ、彼らが20代の頃、残りの人生は60年という計算であった。しかし、今の子どもたちは20歳になっても、残り100年をどう生きるか考えなければならないわけだ。

テレビもない時代は、直接見聞した体験や、周囲の大人からの情報がほぼ全てで、子どもの情報源は大人に依存していた。しかし現代では、全世界の人が発信するさまざまな情報が手に入り、SNS上の共感による追体験や仮想空間での疑似体験など、一人の人間の情報入手域は大きく広がった。

ある側面ではすでに大人が子どもに経験で教えられることが減り逆に大人が若者に教えられることが増えてきていると感じているのは私だけだろうか。新しい知識を手に入れることに関しては情報域の広い人間の方が得意である。

義務教育は人生の約10分の1にも満たない時間であるが、その期間に子どもたちの生きる力を育むよう学校教育は求められている。しかし、現代の子どもたちがその学校教育に求めているものは、膨大な知の享受なのだろうか。

今の子どもたちは知識詰め込み型教育に対して、物足りなさやついていけないという感覚など、何かしらの違和感を抱えている。動画配信サイトは刺激的でかつよくまとめられており、自分が興味のある分野を好きなときに好きなだけ見ることができる。

昔は図書館に通い詰めて多数の本をかき集めたものを、今は移動や貸し借りの煩雑さ、本の重さも気にせずに、端末さえあればよいという手軽さだ。加えて、字をきれいに書いたり複雑な計算をこなしたりするのにも代替手段があるため、日常生活を送る上で必要な能力ではなくなってきている。

子どもを取り巻く環境は、こだわろうと思えばとことんこだわれるし、動こうと思えば動ける要素がそろっている。また、生身の人格とネット上の人格を併せ持つこともまれではなくなったようだ。

これらの多くは環境との関係性で変化してきた面があり、子どもの、しかも障害のせいにするべきではない。ただ、今の大人世代には理解できない部分も多い。一番良くないのは、理解できないからと放り出してしまうことだ。

良い大学に入れば良い生活ができるとは限らない時代。20歳になって、その後の100年を生きる力を育む教育には何が必要だろうか。

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