【見落としがちな道徳の本質(7)】「善悪の判断、自律」を考える

東京都教職員研修センター教授 朝倉 喩美子

道徳科を要として全教育活動を通じ行う道徳教育の内容項目は▽A:主として自分自身に関すること▽B:主として人との関わりに関すること▽C:主として集団や社会との関わりに関すること▽D:主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること――に分類される。A~D全ての内容を発達段階に即して指導することとなっている。

Aのトップに挙げられているのは「善悪の判断、自律、自由と責任」であり、道徳性全体の基本・基盤となる道徳的価値であることがうかがえる。中学校では「善悪の判断」が抜けているが、小学校段階で確実な習得を目指し、それを包含した「自律」とそれを土台にした「自由と責任」に関する学習が求められている。今回は「善悪の判断、自律」を中心に考えてみたい。

(1)正(善)・不正(悪)について

正しい道に進むのを妨げる要因は①正・不正の分別のなさ②心の弱さ、勇気のなさ③偽善(正・不正のごまかし、こじつけ、弁解)④悪意(悪の誘惑)――と考えられる。

②は、未熟な児童・生徒の実態でもある。育成すべきは「正・不正を見分ける分別」と「道徳的な判断力」であろう。これらは日常の家族や教師、身近な大人の適切な教えが重要である。時と場に応じた「正しい行動への是認と賞賛」と「不正な行動への否認と叱責」が必要であり、それが主体的な「分別」の材料になる。また、全教育活動の中での規範意識の醸成や、道徳科における道徳的判断力の育成が欠かせない。

②に必要なのは「実行に移す勇気」「主体性・自律性の育成」である。これは道徳科の学習を中心に育成を図りたい。

一つは、「実行vs不実行」の行動選択における葛藤や自己内対話を評価し、正しい選択へ向かう意欲を喚起することである。現代の子供たちは、この「悩む、葛藤する」「自分と対話する」作業が苦手であるように思われる。合理的、短絡的に結論付けて、すぐに意識から遠ざけ、起きたまずい事象そのものを忘れたがる。授業内で登場人物に託すなどして、まずは葛藤する行為そのものを価値付けたい。

二つは、「正しい選択および実行への満足感vs不実行の後ろめたさや良心の呵責(かしゃく)、後悔、自己嫌悪」の比較によって、前者の重要性に気付かせたい。適切な教材を活用し、時に登場人物の葛藤を、時に行動選択の結果を材料に児童生徒の話し合いを設定し、思考の水準を高め、多面的・多角的な検討ができる指導を考えたい。

③④に必要なのは、誠実性と正義感の育成であろう。これらは、全教育活動で育成を図るべきものである。道徳科の中では、次の手法を意識した指導を考えたい。

▽視点変換…自分意識から他者(相手)意識へ。無関心から共感・受容へ

▽視野拡大…自己中心から全体の中の自分、集団社会全体の安心・安全や幸福の意識へ

▽客観視…自己を見つめる。自己のなしたこと、なせること、なすべきことの自覚を促す

▽自己コントロール…メタ認知し、自己統制できるよう意欲付ける

▽自己実現に向けた意欲…自己有用感、自己肯定感、よりよく生きようとする自己へのプライド

以上の基本的な本質を踏まえた上で道徳科の計画的な学びを積み重ね、同時に日常的実践の中で適宜・適切な学びを集積させることにより、「善悪の判断、自律、自由と責任」の価値観の育成が可能となる。

(2)道徳科「善悪の判断、自律、自由と責任」の実践事例

「ぽんたとかんた」(文部科学省『わたしたちの道徳』1・2年)

かんたに誘われ禁止されている裏山に向かうぽんた。面白そうだが、ぽんたはよく考えた上で「僕は行かない」ときっぱり言う。驚いたかんたも「僕も行かない。自分で考えて決めた」と宣言する。安全な公園でブランコに揺られる彼らの頬を風が心地よくなでていく――。

指導のポイントはおよそ三つ。▽ぽんたの「でも…」から禁止されている意味などを考えさせ、前述の①正・不正の分別の大切さに気付かせる▽ぽんたの「でも…」から、大声の宣言「行かないよ」に着目させて話し合わせ、②の一つ目の自己内対話と実行に移す勇気の素晴らしさに気付かせる▽一緒に明るい気持ちでブランコを楽しむ心地よさに着目させ、②の二つ目の正しい選択および実行の満足感に浸らせる。

教材を通した学びを経て、自己の経験などを想起させ、得た価値観を広げたり深めたりするよう考えたい。ねらいとする価値の本質を踏まえ、ポイントを外さずに指導し、児童生徒が納得できる学びを提供したい。

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